平成版古言衣延辨【甲類へ】

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2001/04/22 修正 (2000/02/06 公表)

さて、此処ではの仮名遣ひについてお話したいと思ひます。

の仮名には、記紀万葉の時代には、甲類と乙類のの違ひが有りましたが、相当早い時期に区別が無くなつてしまひ、現在ではどのやうな音の違ひがあつたのか推測が困難になつてしまつてゐます。

歴史的仮名遣ひでは、語頭に位置するについては"he"と読み、語中・語尾にあるについては"e"と読む事になつてゐます。口語の音の変化によつてこのやうになつてしまひました。

此処では特に、語中・語尾に於ける記紀万葉時代のの文字について、其の使用状況から考察したいと思ひます。

本論

其れでは、甲類「へ」が含まれる動詞を使用した万葉集の歌の一部を探す事から始めたいと思ひます。

資料:万葉集歌謡(抜粋)
通番 万葉仮名 ひらがな 訓読
05/0871/5 於返流夜麻能奈 おへるやま 負へる山の名
05/0874/3 可弊礼等加 かへれ 帰れとか
05/0876/5 等比可弊流母能 びかへるも 飛び帰るもの
14/3358W2/1 阿敝良久波 あへらくは 逢へらくは
14/3413/5 安敝流伎美可母 あへるきみかも 逢へる君かも
14/3435/5 比多敝登於毛敝婆 ひたへおもへば ひたへと思へ
14/3445/5 等許乃敝太思尓 へだしに 床の隔し
14/3461/1 安是登伊敝可 あぜいへか あぜと言へ
14/3463/5 安敝流世奈可母 あへるせなかも 逢へる背なかも
14/3494/2 和可加敝流弖能 わかかへるで かへるでの
14/3500/5 祢乎遠敝奈久尓 ねををへなくに 寝を終へなくに
14/3503/3 於毛敝良婆 おもへらば 思へら
14/3510/5 安須可敝里許武 あすかへり 明日帰り来む
14/3525/4 許等乎呂波敝而 はへて 言緒ろ延へ
14/3572/1 安杼毛敝可 もへか あど思へ
15/3582/5 波也可敝里麻勢 はやかへりませ 帰りませ
15/3624/3 於毛敝礼婆 おもへれば 思へれ
15/3628/3 比利敝礼杼 ひりへれ 拾へれ
15/3668/3 於毛敝礼杼 おもへれ 思へれ
15/3672/5 等毛之安敝里見由 もしあへりみゆ 燈し合へり見ゆ
15/3753/5 奴敝流許呂母曽 ぬへるもぞ 縫へる衣ぞ
15/3765/2 可氣弖之奴敝等 かけしぬへ 懸けて偲へ
15/3770/3 可反里許武 かへり 帰り来む
17/3916/2 尓保敝流香可聞 にほへるかかも 匂へる香かも
17/3920/3 於毛敝礼騰 おもへれ 思へれ
17/3942/4 於母敝良奈久尓 おもへらなくに 思へらなくに
17/3957C/22 敝奈里低安礼婆 へなりてあれば 隔りてあれば
17/3962C/32 遠理加敝之都追 をりかへしつつ 折り返しつつ
17/3973C/32 蘇泥乎利可敝之 そでをりかへし 袖折り返し
17/3978C/20 登之由吉我敝利 しゆきがへり 年行き返り
17/4011C/4 越登名尓於敝流 こしなにおへる 越と名に追へる

上記の表は、万葉集歌謡における甲類「へ」を含む動詞の使用例を抜粋したものです。

この表から二つの結果を導き出す事が出来ます。先づ第一に動詞の継続を表すは行動詞+ら行変格活用の場合、必ず甲類「へ」が用ゐられると云ふ事です。

次に第二としてこの表では甲類「へ」の万葉仮名として弊、敝が用ゐられてゐる事が知られます。甲類「へ」の万葉仮名として其の外、俾、蔽、覇、陛、平、反、弁、辨、部、邊、重、隔、などが用ゐられてをりました。

此処で、桃色の枠の数字の行について注記致します。当時の活用形を考慮すれば、は行四段活用動詞の命令形の場合に甲類「へ」を使用すべきですが、命令形以外の用例も含まれてゐるやうです。

其れでは、次に甲類「へ」の万葉仮名を使用した歌の一部を一覧にしてみます。

資料:万葉集歌謡(抜粋)
通番 万葉仮名 ひらがな 訓読
05/0794C/19 伊弊那良婆 いへならば ならば
05/0795/1 伊弊尓由伎弖 いへにゆきて に行きて
05/0800C/9 由久弊斯良祢婆 ゆくへしらねば 行方知らねば
05/0800C/17 阿米弊由迦婆 へゆかば 行かば
05/0816/4 和我覇能曽能尓 わがへ 我がの園に
05/0841/4 和企弊能曽能尓 わぎへ 我家の園に
05/0844/1 伊母我陛迩 いもがへに 妹が
05/0854/3 伊返波阿礼騰 いへはあれ はあれど
05/0859/2 和伎覇能佐刀能 わぎへのさと 我家の里の
05/0866/4 知弊仁邊多天留 ちへにへだてる 千重隔て
05/0886C/2 宮弊能保留等 みやへぼると 上ると
05/0886C/7 百重山 ももへやま 百重
05/0894C/13 目前尓 まへに 目の
05/0894C/32 邊尓母奥尓母 へにもおきにも にも沖にも
05/0904C/13 登許能邊佐良受 へさらず 床の去らず
05/0904C/18 由布弊尓奈礼婆 ゆふへになれば になれば
05/0905/4 之多敝乃使 したへつかひ 黄泉の使
14/3374/2 宇良敝可多也伎 うらへかたやき 占部肩焼き
14/3393/3 毛利敝須恵 もりへすゑ 守部据ゑ
14/3489/2 欲良能夜麻邊能 よらやまへ 欲良の山辺
15/3580/2 海邊乃夜杼尓 うみへ 海辺の宿に
15/3615/4 宇良能於伎敝尓 うらおきへに 浦の沖辺
15/3625C/2 安之敝尓佐和伎 あしへにさわき 葦辺に騒き
15/3640/1 美夜故邊尓 みやこへに 都辺
15/3691C/32 等保伎久尓敝能 ほきくにへ 遠き国辺
15/3696/1 新羅奇敝可 しらへか 新羅
17/3943/5 乎美奈敝之香物 おみなへしかも 女郎花かも
17/3973C/17 伊尓之敝由 いにしへゆ 古へ
17/3991C/22 邊尓己伎見礼婆 へにぎみれば に漕ぎ見れば

本論のまとめ

此れ等の情報を綜合すると、記紀万葉時代の甲類「へ」を使用した語を知る事が出来ます。以下に一覧にして置きます。

動詞・ら行変格活用
逢へり・合へり・負へり・追へり・思へり・匂へり・縫へり・拾へり
動詞・は行四段活用<命令形>
言へ・終へ・思へ・延へ・偲へ
動詞・其の他
返す・返る・帰る・隔す・隔る・隔つ
名詞・他
古へ・家・占部・女郎花・黄泉・千重・へ・辺・前・百重・守部・行方・夕・我家・葦辺・海辺・沖辺・国辺・都辺・山辺

次は【乙類へ】です。

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