平成版古言衣延辨【乙類へ】

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2001/04/22 修正 (2000/05/06 公表)

此処ではの仮名遣ひについてお話したいと思ひます。

の仮名には、記紀万葉の時代には、甲類と乙類のの違ひが有りましたが、相当早い時期に区別が無くなつてしまひ、現在ではどのやうな音の違ひがあつたのか推測が困難になつてしまつてゐます。

前回は、甲類「へ」について述べて来ましたので、此処では乙類「へ」について考察して行かうと思ひます。

本論

其れでは、乙類「へ」が含まれる動詞を使用した万葉集の歌の一部を探す事から始めたいと思ひます。

資料:万葉集歌謡(抜粋)
通番 万葉仮名 ひらがな 訓読
05/0804C/44 多麻提佐斯迦閇 たまでさしか 玉手さし交へ
05/0805/3 意母閇騰母 おも 思へども
05/0853/3 比等波伊倍騰 はい 人は言へ
05/0890/2 日乎可俗閇都都 ひをかぞつつ 日を数へつつ
05/0892C/17 富己呂倍騰 誇ろへ
05/0892C/23 伎曽倍騰毛 着襲へども
05/0892CW/2 比呂之等伊倍杼 広しといへ
05/0892CW/30 憂吟 うれさまよひ 憂へさまよひ
05/0893/3 於母倍杼母 おも 思へども
05/0894C/54 播倍多留期等久 たる 延へたる如く
05/0897C/20 加弖阿礼婆 くはてあれば 加へてあれば
05/0904C/39 志我可多良倍婆 しがかたら しが語らへ
14/3356/4 伊母我理登倍婆 いもがり 妹がりとへ
14/3360V/4 都我牟等母倍也 つがむ 継がむと思へ
14/3371/4 阿我志多婆倍乎 あがしたば 我が下ばへ
14/3381/5 阿我之多波倍思 あがしたは 我が下延へ
14/3411/2 与西都奈波倍弖 せつなは 寄せ綱延へ
14/3422/3 安里登伊倍杼 あり ありと言へ
14/3439/4 美都乎多麻倍奈 みづをたま 水を給へ
14/3482/2 須蘇乃宇知可倍 すそうちか 裾のうち交へ
15/3604/5 和須礼弖於毛倍也 わすれておも 忘れて思へ
15/3625C/10 波祢左之可倍弖 はねさしか 羽さし交へ
15/3639/3 安杼毛倍香 あど思へ
15/3647/2 伊可尓於毛倍可 いかにおも 如何に思へ
15/3679/4 和礼波於毛倍杼 われはおも 我れは思へ
15/3743/1 多婢等伊倍婆 たび 旅といへ
15/3770/4 等伎能牟可倍乎 むか 時の迎へ
17/3907C/14 都加倍麻都良武 つかまつらむ 仕へまつらむ
17/3922/4 都可倍麻都礼婆 つかまつれば 仕へまつれば
17/3933/3 於母倍許曽 おも 思へこそ
17/3963/5 思奴倍吉於母倍婆 しぬきおも 死ぬべき思へ
17/3978C/37 佐之加倍低 さしか さし交へ
17/4006C/45 則許母倍婆 そこ思へ

上記の表は、万葉集歌謡における乙類「へ」を含む動詞の使用例を抜粋したものです。

この表から二つの結果を導き出す事が出来ます。先づ第一に「は行四段動詞」や「は行下二段動詞」の場合、活用形により乙類「へ」が用ゐられると云ふ事です。

次に第二としてこの表では乙類「へ」の万葉仮名として閇、倍が用ゐられてゐる事が知られます。乙類「へ」の万葉仮名として其の外、陪、拝、沛、杯、背、俳、珮、戸、経、綜、などが用ゐられてをりました。

其れでは、次に乙類「へ」の万葉仮名を使用した歌の一部を一覧にしてみます。

資料:万葉集歌謡(抜粋)
通番 万葉仮名 ひらがな 訓読
05/0804C/24 意母提乃宇倍尓 おもて 面の
05/0804CV/7 之路多倍乃 しろた 白妙
05/0809/3 志岐多閇乃 しきた 敷栲
05/0810/4 比等能比射乃倍 ひざ 人の膝の
05/0840/5 佐加豆岐能倍尓 さかづき 酒杯の
05/0881/4 吉倍由久等志乃 ゆく 行く年の
05/0894C/37 布奈能閇尓 ふな
05/0904C/39 志路多倍乃 しろた 白栲
14/3353/2 伎倍乃波也之尓 はやしに 伎倍の林に
14/3354/1 伎倍比等乃 伎倍人の
14/3418/2 佐野田能奈倍能 さのだ 佐野田の
14/3418/3 武良奈倍尓 むらな むら
14/3474/2 毛登左倍登与美 さへ響み
14/3514/3 和礼左倍尓 われさ 我れさへ
14/3523/5 安須左倍母我毛 あすさもがも 明日さへもがも
14/3559/2 倍由毛登母由毛 ゆももゆも ゆも艫ゆも
15/3607/1 之路多倍能 しろた 白栲
15/3607V/1 安良多倍乃 あらた 荒栲
15/3621/4 伊久与乎倍弖加 いくてか 幾代をてか
15/3663/5 月者倍尓都追 につつ 月はにつつ
15/3713/5 等伎能倍由氣婆 時のゆけば
17/3927/4 伊波比倍須恵都 いはひすゑつ 据ゑつ
17/4003C/18 伊久代経尓家牟 いくにけむ 幾代にけむ

本論のまとめ

此れ等の情報を綜合すると、記紀万葉時代の乙類「へ」を使用した語を知る事が出来ます。以下に一覧にして置きます。

動詞・は行四段活用<已然形>
言へ・思へ・語らへ・着襲へ・給へ・とへ・誇ろへ
動詞・は行下二段活用<未然、連用、命令形>
憂へ・数へ・交へ・加へ・仕へ・延へ・迎へ・経
名詞・他
上・伎倍・さへ・苗・舳・瓮・荒栲・敷栲・白栲・白妙

参考…「延ふ」は、は行下二段活用をするのが正規です。

次は【え】です。

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