- 動詞・わ行下二段活用<未然形/連用形>
- 飢ゑ・植ゑ・据ゑ
- 動詞・わ行下二段活用<命令形>
- 飢ゑよ・植ゑよ・据ゑよ
- 動詞・四段活用
- 笑む・笑まふ・笑ます
- 名詞
- 笑・笑まひ・声・末・杖・故
- 形容詞
- 笑まはし
2000/04/22 修正 (2000/01/01 公表)
昨今えとかな書きし又は発音してゐる語群には、古くには5つの音でそれぞれ区別されてゐました。其の中で現在の仮名で区別し得る音はえ・ゑ・への3つですが、万葉仮名の時代に於いてはえ・へで夫々二類の区別がなされてゐました。
第一に、えにある二類の区別として、【あ行のえ】と【や行のえ】があると云ふ事が知られてゐます。現在、あ行下一段活用とされてゐる動詞の中に、文語ではや行下二段活用をしてゐた動詞があつて、此れを元に【や行のえ】の音を確定して行く事ができます。
第二に、へにある二類の区別ですが、此れはかなり早い時期に同化してしまつたやうです。現在では夫々甲類・乙類と言倣はされてゐますが、このやうな区別はき・け・こ・そ・と・の・ひ・へ・み・め・も・よ・ろ・ぎ・げ・ご・ぞ・ど・び・べの夫々にあつたと云はれてゐます。
この内もは、古事記でのみに区別されてをり、其の外の区別もひらがなの成立の頃には同化してゐたやうです。
此処では、各語のえの音について考察を加へ、最終的には仮名遣ひに対して【あ行のえ】と【や行のえ】の区別を与へようと云ふ事を提案します。又、現在は失はれてしまつた【や行のえ】の仮名として、特に【ぇ】を用ゐたいと思ひます。
先づ、【わ行のゑ】を使用するわ行下二段活用の動詞を使用した万葉集の歌の一部を探す事から始めたいと思ひます。
通番 | 万葉仮名 | ひらがな | 訓読 |
---|---|---|---|
05/0892C/28 | 飢寒良牟 | うゑこゆらむ | 飢ゑ凍ゆらむ |
14/3393/3 | 毛利敝須恵 | もりへすゑ | 守部据ゑ |
14/3415/3 | 宇恵古奈宜 | うゑこなぎ | 植ゑ小水葱 |
14/3474/1 | 宇恵太氣能 | うゑだけの | 植ゑ竹の |
15/3746/2 | 田者宇恵麻佐受 | たはうゑまさず | 田は植ゑまさず |
17/3910/3 | 宇恵多良婆 | うゑたらば | 植ゑたらば |
17/3991C/20 | 布祢宇氣須恵低 | ふねうけすゑて | 舟浮け据ゑて |
17/4011C/76 | 母利敝乎須恵低 | もりへをすゑて | 守部を据ゑて |
18/4070/2 | 奈泥之故宇恵之 | なでしこうゑし | 撫子植ゑし |
18/4113C/18 | 佐由利比伎宇恵天 | さゆりひきうゑて | さ百合引き植ゑて |
18/4122C/17 | 宇恵之田毛 | うゑしたも | 植ゑし田も |
19/4154C/36 | 須恵弖曽我飼 | すゑてぞわがかふ | 据ゑてぞ我が飼ふ |
19/4172/5 | 屋戸尓波不殖而 | やどにはうゑずて | 宿には植ゑずて |
19/4185C/12 | 屋戸尓引殖而 | やどにひきうゑて | 宿に引き植ゑて |
19/4186C/2 | 屋戸尓殖弖波 | やどにうゑては | 宿に植ゑては |
上記の表は、万葉集歌謡におけるわ行下二段活用動詞の使用例を抜粋したものです。
この表から二つの結果を導き出す事が出来ます。先づ第一にわ行下二段活用で未然形・連用形の場合、必ずゑの仮名が用ゐられると云ふ事が解ります。此れは歴史的仮名遣ひの其れと全く同じです。
次に第二としてこの表ではゑの万葉仮名として恵が用ゐられてゐる事が知られます。ゑの万葉仮名として其の外、廻、慧、衛、隈、穢、咲などが用ゐられてをりました。
其れでは、次にゑの万葉仮名を使用した歌の一部を一覧にしてみます。
通番 | 万葉仮名 | ひらがな | 訓読 |
---|---|---|---|
05/0804C/47 | 多都可豆恵 | たつかづゑ | 手束杖 |
05/0804CV/18 | 恵麻比麻欲〓伎 | ゑまひまよびき | 笑まひ眉引き |
05/0810/3 | 許恵之良武 | こゑしらむ | 声知らむ |
14/3352/4 | 奈久許恵伎氣婆 | なくこゑきけば | 鳴く声聞けば |
14/3421/4 | 由恵波奈家杼母 | ゆゑはなけども | 故はなけども |
14/3487/2 | 須恵尓多麻末吉 | すゑにたままき | 末に玉巻き |
14/3535/4 | 恵麻須我可良尓 | ゑますがからに | 笑ますがからに |
15/3595/5 | 多豆我許恵須毛 | たづがこゑすも | 鶴が声すも |
15/3727/3 | 和礼由恵尓 | われゆゑに | 我れ故に |
18/4086/5 | 恵麻波之伎香母 | ゑまはしきかも | 笑まはしきかも |
18/4106C/20 | 恵美美恵末須毛 | ゑみみゑまずも | 笑みみ笑まずも |
18/4137/4 | 安比之恵美天婆 | あひしゑみてば | 相し笑みてば |
19/4160C/25 | 朝之咲 | あさのゑみ | 朝の笑 |
19/4189C/12 | 喧始音乎 | なくはつこゑを | 鳴く初声を |
此れ等の情報を綜合すると、記紀万葉時代の【わ行のゑ】を使用した語を知る事が出来ます。以下に羅列して置きます。
次は【甲類へ】です。