皆さん、こんにちは。
霧隠です。
今回は足柄城です。
何度も書いておりますが、この足柄城というのは足柄峠を抑える
交通の要衝であり、京都と坂東を結ぶ足柄街道のど真ん中にある
山城です。
古代は「足柄の関」として関所の役割が強くありました。
ここを抑えることで、坂東の守りはより強固になります。
ですので、豊臣氏と北条氏の戦いである小田原合戦の際に、後北
条氏は足柄城を拡張し、城代を派遣して豊臣軍の関東侵攻を防ご
うと考えます。
足柄街道を登りきった峠にあるこのお城。
車でいきなりお城に行くのではなく、ちょっと下からの当時の街
道、足柄古道から登城するとこのお城の持つ意味がよくわかりま
す。
やっとの思いで登りきったこの峠道にどーんと控えるこの山城。
圧倒的な存在感です。
さて、前回お話したように峠道から足柄駅方面にちょっと下がっ
たところにある遊歩道から攻略してみましょう。
すぐ左側を高さ3mほどの土塁が長々と続きます。
少しいくと、すぐに五の郭にたどりつきます。
そして、四の郭との間には当然、堀切が。
四の郭にはうねうねとでっかい空堀が存在しています。
三の郭には三日月堀もあるようなことが近くの看板には書かれて
いましたが、よく分かりませんでした。
ニの郭はとにかく広大です。
しかも!
目の前は見事な富士山が・・・見えるはず。
今回も残念ながら富士山は雲に隠れておりましたが、晴れていれ
ばきっとビューテホーなその雄姿を堪能することができるのでし
ょう。
ニの郭と一の郭の間にも堀切があります。
ここにある井戸跡はなんと小田原城まで続いているという伝説が
残っております。
この池にお祈りすると雨がふるという言い伝えもあり、地元の人
にとっては雨乞いにかかせない名物井戸だったようです。
さらに一の郭からは蔵屋敷跡に行けます。
ここはちょっとした下り坂を降りたところにあり、きれいに削平
されており、まわりを土塁が囲っております。
土塁の向こう側は見事な切り岸(というよりただのガケ)になっ
ているように見えます。
普通の山城は、本郭、ニの郭、三の郭くらいですが、この足柄城
は後北条氏の勢力を反映しているのか、五の郭まであります。
それだけこのお城が関東への抑えをしても重要視されていたので
しょう。
しかし!
それだけではないのです。
一の郭からコンクリでできた橋があります。
それを渡るとそこは南の郭と呼ばれたこれまた広大な郭が存在し
ます。
今回は時間がなかったので行きませんでしたが、ここも土塁など
が存在するのが縄張り図からも分かります。
さらに!
もう一つの郭が存在するのです。
その郭の名は・・・名は・・・ほにゃらか郭!(って忘れました)
ここも縄張り図を見ると広大です。
本郭群(一の郭から五の郭)、南の郭、ほにゃらか郭と3つの広
大な郭を持ったまさしく巨大な山城です。
すべての遺構を確認するのにゆっくり歩いたらゆうに2時間はか
かりそうです。
また、遺構の保存状態は大変よく、石垣こそありませんが、空堀、
土塁は良好に残っており、なにはともあれこの広大な城域にどぎ
もがぬかれます。
さらに、富士山を目の前に眺めながらのお城めぐりができるこの
ぜいたくさ。
おすすめのお城の一つですね(^^)
そうそうこのお城は縄張り図を忘れても大丈夫。
立派な縄張り図の描かれたでっかい看板があります。
それは、足柄峠から足柄駅とは逆方面に少し下ったところにある
足柄の関にあります。
高低さまでしっかり描かれたこの縄張り図。
なかなかの出来映えで、お城の全体像が一目瞭然です。
この看板を見てから城攻めを行えば迷子になったり、行き忘れる
ことがないので便利かもしれません。
ちょっと右目に天を突くほどのでっかい山がありますが、こちら
の山は金太郎で有名な「金時山」です。
この足柄峠から金時山まで約1時間くらいですが、途中に猪ノ鼻
砦があります。
ここからの富士山もまた格別です。
砦といえば、この足柄城を中心にたくさんの砦があるようで、足
柄城を足柄駅とは反対方面に少し下ると「通り尾砦」があります。
こちらには防人として、坂東から京都に向かった名のない兵たち
の悲しき和歌が残っています。
再び生きて坂東に戻れるかどうか分からない・・・家族との別れ、
死への不安などが万葉集にも防人歌として残っています。
この通り尾砦も現在は万葉公園として整備され、防人の歌の石碑
が残されています。
ここから地蔵堂にむかってやはり車道で何度も遮断されますが、
足柄古道が続いています。
次回はこの道を歩いてみたいと思います。
さて、交通の要衝として重要視された足柄城。
そのそばに奈良の昔からあった「足柄の関」。
次回はこの足柄の関にちなんだエピソードを2つほどご紹介した
いと思います。
最初にご紹介した「倭武尊」と「源義光公」のエピソードです。
それでは〜