鷹取さん、御台さん、慌てる元就さん、こんにちは!
霧隠です。
まずは、アイタタタタッ(>_<)
あの石畳は江戸期のものではなかったのですね。
鷹取さん、ご指摘ありがとうございました。
それから某もネットで調べたところ、どうやら某が書いた浅間山、
鷹巣山間のまさにあの石畳が明治期に作られた石畳だそうです。
でも、これから書く、湯坂城からふもとまでの石畳はよく分かり
ませんでした。
が、これも確証がないので、もしかしたら、明治期に作られたも
のなのかもしれません。
・・・だけど、危険な石畳です。
話はずれますが、すぐそばにある、旧東海道の石畳は、江戸幕府
が正式にちゃんとお金をかけて整備した石畳だそうです。
某、以前にその道を歩いていたので、勘違いしたようです。
(と、ちょっといい訳なんかしたりして)
さて、この湯坂路ですが、鷹取さん、御台さんが書かれているよ
うに十六夜日記を著した阿仏尼も歩かれた道なのですね。
・・・知らなかった。
この湯坂路、地図を見てみると、浅間山からふもとまで90分。
ふもとから浅間山まで2時間と記載されています。
本当に90分かかりました。
でも、夕秀さんとしょーもない話をしながら歩いていたらあっと
いうまにふもとまで着いてしまいました。
夕秀さん、ご一緒できて本当に楽しかったです。
ありがとうございました。
どんなにつらい路もこうして楽しく話しながら歩くとあっという
間だというのがよく分かりました。
つらき路 みんなで歩くと 楽しいな
そんな気分です。
しかし、鷹取さんは、この逆ルートを歩かれたのですね!
負けらんね〜 ←(心の声)
ということで、今月の20日(土)にこの湯坂路逆コースめぐり
をいたします。
ただひたすら登りっぱなしのこのコース。
今から足がなりまする。
・・・閑話休題・・・
この湯坂路は90分もあるだけあって、結構最後の方は足ががくが
くになります。
でも、道自体はとても歩きやすいです。
ですが、最後がくせものです。
そうです。
例の石畳が待ち構えているのです(−−)
何度もいいますが、雨の降った後の湯坂路はひじょーに危険です。
すべる
ころぶ
しかも、下は石畳。
危険です。
皆さん! 湯坂路は晴れた日に歩きましょう! ←当たり前ですが。
さてさて、湯坂城ですが、その前に、茶屋があったのではという素
敵な空間があります。
ちょっとした曲輪っぽい場所で、旅人が疲れを癒す休憩所のような
場所です。
ここもなかなかの風情です。
かれこれ浅間山からすでに70分。
ようやく湯坂城に到着しました。
時すでに5時50分。
あたりは段々暗くなり・・・
今回メインの湯坂城。
滞在時間はわずか5分。
遺構を確認するにもあたり一面はヤブだらけ。
しかも草木は水分をたっぷり含んでいる。
夕食の予約の時間もあったので、そそくさとふもとを目指します。
よって、ご報告することは“何も”ありませんm(_)m
改めて20日にリベンジいたします。
でも、本丸のどまんなかをハイキングコースがつっきっています
が、なかなかの広さ。
ヤブの中にまで入れれば遺構もきちんと確認できそうです。
ふもと(塔の沢駅)からこの湯坂城までは大体20分弱。
手早く湯坂城を攻略されたい方は、こちらのコースが便利です。
そして、来た道を戻り、改めて宮下にむかい、そこから浅間山に
行くのが効率のいい、疲れない方法だと思います。
結局ふもとについたのは、6時10分。
10時スタートとして、延々8時間もかかってしまいました。
(渋滞や食事の時間も入っていますが)
今回はちょっと内容のない投稿になってすみませんm(_)m
次回は、Aさんも書かれております、伊達正宗公がお
しこめられた底倉温泉について、いろいろなエピソードもまじ
えてご報告したいと思います。
それでは〜
というより、最後はAさんにこのままパスしても・・・
(*)上記記載した石畳は明治時代に郵政省が作ったものらしいです。