皆さん、こんにちは。
霧隠です。

原城ですが、もともと矢瀬氏が築城したのを、鎌倉時代になって、相良氏が
入部した際に、拡張したもので、その後いつの時代からかは資料がないので
分かりませんが、今の人吉城に移ったようです。

当時、原城が相良氏の本城だったときには、今の人吉城は出城としての色彩が
強かったようです。

ので、人吉城にお越しの際に、時間のある方は、ちょっと足を伸ばして
中世山城(平山城?)のこの原城を訪ねてみましょう〜

ええお城です〜
石垣はないけど、すっげ〜空堀がありまする。
この空堀をみっけた時には感動しました〜

まず、この空堀を堪能するためには、例の「留魂の碑」から上原城の曲輪に
登ります。
そんでもって、まっすぐ奥に向かいます。
突き当りまでいったら・・・そこは竹やぶに隠れた空堀への道♪

さぁ、勇気を振り絞ってどっこらっしょっと降りましょう。
(注)一人だとちょびっと怖いかも〜

そこは神秘な世界。
高さといい、広さといい、そりゃぁ、見事な空堀っす。
しかも、ほとんど普段誰も来ないのでしょう。
神社の境内のような神々しさ(ちょっとほめ過ぎ?!)。

堀はやっぱり、降りてみてこそその良さが分かるというもの。
上から深いなぁ〜
と思うよりも、実際に降りてみるとその深さ、偉大さといったら。
ふぅ〜
すごかったっす。

さらに!
先に進むと・・・

お、おぉ、おぉぉぉぉぉぉ。
と、思わずうれしさの雄たけびをあげたくなる、さらなる見事な空堀が!
しかも、大きくカーブを描いている!

ええなぁ。
す、素晴らしすぎまする〜

ビバ! 原城。
大いなる感動をありがとぉ〜

しばし余韻を楽しみながら上原城をこの空堀を伝っておりました。

さて、地元のおばあちゃんの話による矢瀬氏と相良氏の関係を知るという
お寺にいくことに。

しかし、残念ながら詳しい話は聞けず、そのまま下原城を攻略することに。
縄張り図を見ると小さいながらも竪堀のマークが。
さっそく降りてみることに。

ふっか〜い。

竹をバリバリさせながら歩いていきましたが、立派な竪堀です。
もう〜感激、感動、お腹一杯です。

思わず、隣にある人吉城のことを忘れてしまいそうなくらいの充実度。
時すでに3時。

すっかり3時間も堪能いたしました。
ふぅ〜、満足、満足♪

ただ、出丸と西の丸に行ってないのが、心残りでしたが、時間も少なくなって
きたので、本日のメインである人吉城に参りました。

次回は、相良氏が誇る石垣のお城、人吉城についてご報告させていただきます。
そして、ついに、矢瀬氏と相良氏の関係があきらかになります!
(ちょっと自己推理が入りますが・・・)

それでは〜

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