霧隠@山城はやっぱり楽しいな♪っと です。
本日、延期になっていた八王子城へハイキングを紅葉狩も兼ねて
M殿とF殿と攻略してきました(D殿がお仕事で
これなかったのは残念でした)。
MLでも何度か話題になっているので、ご存知の方も多いと思いますが、
簡単に。
八王子城は、滝山城城主であった北条氏照公(氏康公の次男)が
武田に攻められたときに滝山城では守りにくいということで、
1578年頃から築城が始まり、1584年から1587までに移転したようです。
豊臣秀吉公の来攻に備えて守備構えや準備を進めていましたが、
1590年6月23日に城主不在のまま(氏照公は小田原城に)、
前田利家公、上杉景勝公の猛攻によって、1日で落城してしまいます。
そのとき、多くの家臣を含む、その妻子ともども虐殺もしくは、
自害があった悲しい話も残っています。
標高460mの山頂部に本丸があり、多くの曲輪、堀切、櫓台を備えた
史跡の面積が約154万㎡という巨大な山城です。
山城ビギナーの某と山城初体験の御台殿で、そもそも無謀にも計画した
この八王子城へハイキングツアーに、勇敢にも参陣していただいた
経験者の古屋殿を頼りに、4時間半に及ぶハイキング(?)を
楽しんで参りました。
八王子城は八王子駅でなく、新宿から中央快速で55分。
高尾駅南口のバス乗り場にて、1時間に1本「八王子城址行き」
のバスがでています(10時、11時、12時、1時とピッタリにでます)。
バスで10分。
八王子城の入り口まで到着。
山々の紅葉が色鮮やかに染め上がり、絶好の紅葉狩日和。
ハイキングするにもピッタリの天気。
期待感が高まります。
入り口の大掲示板をみると、本丸まで20分。それから大天守を通って
富士見台までが50分と書いてあり、それ以外に、ふもとには、氏照公の
館跡である御主殿もあり、どれから攻めるか悩みそうなくらい広〜いお城です。
素人同然の某達一行は、とりあえず本丸まで行ってそれから考えようと
テクテク歩き始めました。前日があいにくの雨だったので、ちょっと
足場は悪かったのですが、空気もおいしく、小鳥の「チチチ」という鳴き声も
あり、普段の会社での出来事がうそのような大自然のぬくもりを感じながら、
なだらか〜な石段(地元の方が整備したもの)を会話を楽しみながら
登城しました。
10分ばかり登っていくと、別れ道発見!
まっすぐの道は「旧道」。
左に行くと「新道」。
ちなみに旧道は細く木々がこんもりと。
新道は広広としてのびやかでした・・・
迷うことなく新道へ!
さらに、ちょっぴり急な山道をテンポ良く歩いていくと、
金子丸に到着!
割合広いです。
所々に石垣を楽しみながらさらになだらかな道を進むと柵門跡へ。
ここで、山王台を通って行くか、高丸から行くかに道が分かれていました・・・
山王台はちょっと回り道をするので、高丸の方へ行きました。
そのまま進むと八王子神社へ到着。ここまでで30分(掲示板のうそつき!)。
八王子神社・・・何を(誰を)奉っていたのでしょう?
神社好きの某としては、もっと整備してくれないとつまらないです。
(できれば由来書もつけて!! )
そこから、小高い丘に上るとそこは、本丸!
やっぱり、木々が邪魔して回りのすばらしいはずの景色が見えない(TT)
(お願いだからどなたか、某に木を勝手に切ってもいいよ! ライセンスを
交付してくだされ〜)
→これで、富士見櫓の前の木々も堂々とチョッキン、チョッキン・・・
----閑話休題----
本丸でハイキングの醍醐味(?)であるお弁当をみんなで食べました♪
某はM殿の手作りのお弁当をおいしくいただきました。
シャケ&ウメおにぎりにウインナー、厚焼き玉子・・・おいしかったです。
こうして野外でお弁当を食べるのもほんと久しぶりです。
(M殿かたじけのうござりました)
時間があったので、一・二・三・・・と縄張り図作成同好会不名誉会員でも
ある某は、さっそく歩測開始!
たて12m、よこ13mのだ円形の小さな本丸でした。
水分もたっぷり補給して元気のでた某達一行は、そのまま詰めの城まで
参りましょう! とF殿も未体験ゾーンへ突入しました。
しかも・・・案内人は某・・・
ここからは、霧隠@遭難体験ツアーガイドがお伝えします♪
M殿との信濃の旅にて、葛尾城で遭難体験のある某。
やっぱり・・・2人の犠牲者に山をよじ登る体験をさせてしまいました。
この場を借りてお詫びしますm(_)m
本丸からなだらかな道が一転、険しく長い登り道が多くなり、会話の数も
減ってきた某一行は、ちょっぴり後悔しながらハイキングとはもはや呼べない
登山行になってきました。
すれ違う方々は、本格的な登山の格好。
杖は必須アイテムだなぁと思いました。
そうこうしながら天守跡の立て看板がありました。大体たて15M、よこ20くらい。
ここに天守閣があったのかなぁという感じです。
ここがどうやら詰めのお城だということは富士見台からの帰りで気づきました。
ということで、詰めのお城はまだかいな、と思いながら30分以上歩いている
某達は、だんだん狭く、細く、木々が邪魔する道を何を求めて歩いているのか
わからなくなりながら、もくもくと歩いておりました。
と、急に道がない・・・でも、はるか前には先に歩いている女性2人がゆうゆう
歩いてる姿がうっすらと。
道はあるはず・・・と右はどう見ても山登り、左にかすかに道がある・・・
山道なんかこんなもんさ♪
と能天気な某はずんずん前に進む。進む。
と、とうとう道がなくなりました・・・
こんな経験以前もあるなと思ったら、それは葛尾城。
はじめは道があったのに、気づいたらけもの道、それが行き止まりに。
それから強引に上によじ登ったら道に出た記憶が。
ならば、ここも強引に上へよじ登れば道があるはず!
と、哀れな2人の犠牲者にはまったく相談もせずに、
「上へ行けば道がありますよ。さぁ、登りましょう♪」
と、自分の責任はそっちのけで、登り始めました。
おっちら、こっちら。ときにはズルっとすべりながら、なんとか上へ向かい
ました。5〜10Mくらいよじ登ったところ、道発見!
しかも結構広い!
なぜに、こんな立派な道がわからないんだぁ!
どこで、間違ったのかは帰り道で分かりました・・・
と、今回もすんごく長くなってしまったので、一旦報告を終了します。
続きは明日書きたいと思います。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。
あぁ・・・熊本城のレポートも完結していないのにぃ・・・