皆さん、こんにちは。
霧隠です。
前田利家公の陣屋攻略後、次に向かった陣屋が長曽我部元親公陣
屋跡です。
自転車で大体10分くらい。
スムーズに案内板の前まで行けます。
そこで、待ちうけていたのが、目の前のヤブ。
どこをどうみても案内板に書かれた長曽我部元親公の陣屋はヤブ
の中。
それもかなぁ〜りの深さとみた!
マジですか〜
と、おそるおそる田んぼのあぜ道を歩き、ヤブに・・・もとい、
陣屋に近づきます。
ブワッ
突然、空中に黒い物体達が広がります。
も、もしかして、「ハチ」君?
かなりビビッて(というよりすでに逃げ腰)、後ずさりすると、
その物体の正体は、大河ドラマで主人公前田利家公の兜の前立て
として活躍中の「トンボ(勝虫)」君でした。
↑長い形容詞ですみませぬ〜
*余談・・・勝虫とは。
その動きはただ前進するのみ。その姿は勝利へむかって突き進
むように 闘争心あふれるので、戦国時代には「勝虫」とあや
かったといふ。
また「勝草」といふ名の草もあるといふ。→正解は文末に。
・・・閑話休題・・・
この突然のトンボ攻撃にはビックリしましたが、なんとかもう少
しヤブに近づきました。
が、ヘビ姫は怖いし、ヤブは深いしで、ここであることを決意。
12月にリベンジするぞ!
というか、こんなヤブに体当たりしたらやられてしまう〜
・・・やっぱり、整備されていない山城、陣屋は冬場に来ましょ
う。
結局、長曽我部公の陣屋は、あそこらへんにあるのだろうと確認
して、また来るぞ〜と決意を胸にして陣屋を後にしました。
この長曽我部公陣屋の案内板には、石田三成公の陣屋の場所も書
かれています。
さて、次は念願の三成公の陣屋へレッツゴー!
・・・ゴー?
あれれ、どうやら三成公の陣屋は遠くに見えるあの山の上のよう。
ええと、あそこまでどうやっていったらええんやろ!?
目測ではどーみても1kmは先の山の上にその陣屋はあるようです。
もちろん、途中は見事な「ヤブ」が立ちふさがってます。
というより、道なき道をただまっすぐ行くしかないんですよね〜
と誰につっこんだらいいのか当惑しましたが、さすがにけわしす
ぎると思い、ここも12月のリベンジを誓いました。
なんてこったい、これじゃぁ、陣屋めぐりではなく、陣屋ながめ
になってしまう。
違う、違う、こんなんじゃぁ、ないんだ。
ちゃんと陣屋の石垣とか土塁とかの遺構が見たいんだ〜
とつぶやきながらも次の宇喜多秀家公の陣屋に向かいました。
・・・宇喜多秀家公。
宇喜多直家公の嫡男にして、豪姫の夫にして、秀吉に可愛がられ
た勇将。
若輩ながらも豊臣政権の五大老として任命され、関ヶ原では大軍
を率い、福島正則公とガチンコの戦をする。
戦後は島流しにあるもかなりの高齢まで生き残る波乱万丈な人生
を送る武将です。
あまり詳しい話は知らないのですが、なんだか愛すべき武将です。
よ〜し、気分を変えて宇喜多秀家公陣屋を堪能するぞ〜
ぉぉぉ。
こいつも山の中だぁ(TOT)
しかも、ヤブがめっちゃすごか。
ここもダメかぁ。
あそこなのにぃ。
冬場ならば嬉々として(ヤブに)突撃するのに。
あぁ、どなたか冬に一緒にヤブ深き山に入ってくれる人求む!
そこに陣屋があるのに行けないので、フラストレーションはたま
る一方ですが、やっぱりヘビ姫、ハチ君、クモ太郎は怖いです。
仕方なく、周遊コースに書かれている稲葉重通公の陣屋へ。
あぁ、あそこか。
そこもやっぱりヤブの中。
・・・もうなれました。
こんなんばっかり(−−)
続いて溝口秀勝公の陣屋も目の前にあるものの“ながめる”のみ。
きっと素敵な遺構があるのになぁ。
はぁ〜
とだんだん自転車をこぐ足取りも重く、気も重くなっていたとき
に出会ったのが、堀秀治公陣屋でした。
まさに、砂漠のオアシス。
そこにある遺構はすばらしいの一言でした!
次回は、もはや立派な山城と呼ぶのにふさわしい堀秀治公の陣屋
についてご報告したいと思います。
それでは〜
正解:勝草→オモダカです。
その姿は盾のよう。防御性がすぐれているとこれも武将に
大切にされました。
室町時代の甲冑にはこの「オモダカ(沢潟)」の模様がし
たものが多数あります。