【キリのコメント32】
このコメントがいつも物語を要約したり、あらすじみたいになっているので、
今回は日本書紀との違いをテーマにまとめてみたいと思います。
何度も書いていますが、日本書紀は「一書にいわく…」と書いてあり、いろい
ろな説を列挙されており、後世の人がそのどれを採用してもいいようになって
います。
いろいろな伝承が読めて楽しい分、話が途中で戻るので、慣れないと読んでい
て非常にややこしくなります。
それはさておき、日本書紀ではこの海幸彦、山幸彦の物語を5つ紹介していま
す。
それぞれ微妙に古事記に書かれている話と違っています。
また、古事記ではタイが針を飲み込んでいましたが、口女と書かれたイナ(鯔)
になってたりもします。
…イナってどんな魚なのか私はよく分かりませんが。
さらに、ほとんどの書では、兄の海幸彦はシオミツタマでおぼれて、降伏し、
従順になりますが、ある一書だけは、
「私はお前の兄である。どうして人の兄として、弟に仕えることができようか」
といいます。
これなんか、山幸彦の本音が描かれているようでおもしろいですね。
しかし、結局もう一度シオミツタマでおぼれると、あっけなく降参してしまい
ますが…
また、ある一書では、なくした釣針を渡すときに呪いの言葉とともに、「ツバ」
を三回吐き出すというのもあります。
…こちらの方がより強く呪いをかけられそうですね。
…でも、さすがに兄にばれそうですが(^^;
中には、シオミツタマがなく、「カゼオギ(風招)」という技で兄をおぼれさせ
る話もあります。
風招とは、口をすぼめて息をふきだすことだそうです。
しかも、この一書での山幸彦は容赦がありません。
他の書では、おぼれさせた後は、すんなり許しているので、この書では、おぼ
れさせた後は、山幸彦の怒りはおさまらず、口もきかずにいると、兄は、
フンドシをして、
赤土を手のひらにぬり
額にもぬり
「私は身を汚した。永久にあなたのためのわざおぎ(俳優)になろう」
とまで言って、その後、潮が満ちてくるのにその中に身をおき、涙ぐましいこ
とをいたします。
それは…
潮がさして足を浸したときに、つま先立ちになり
ひざについたときには、足をあげ
股についたときには、走り回り
腰についたときには、腰をなで回し
脇についたときには、手を胸におき
首についたときには、手をあげてひらひらした
そして、この所作を、子孫の隼人たちは今にいたるまでやめることがない
と書かれています。
釣り針をなくしたことを責めただけで、ここまでされるのはちょっとかわいそ
うですね。
という感じで、いろいろな物語が楽しめておもしろいです。
古事記と日本書紀、これからもその違いを中心にご紹介していきたいです。
戻る