【キリのコメント41】

 今回の物語は、古事記と日本書紀はちょっと記述が異なります。
 オオビコとタケヌナカハワケは同じで、派遣先も北陸と東海地方です。
 しかし、日本書紀には、キビツヒコ(吉備津彦)を西海に派遣したという記述
 があります。
 古事記にも記載がある丹波の国へ派遣された人物は、日本書紀ではタニワノミ
 チヌシ(丹波道主)という人物になっています。

 北陸、東海、西海、丹波の4つの道を制覇する4人の将軍をして、「四道将軍」
 と日本書紀では書いています。

 後は、オオビコが少女の歌を聞くのは同じですが、日本書紀では天皇のおばが、
 タケハニヤスヒコが謀反すると言っています。

 さらに、日本書紀ではタケハニヤスヒコの妻も一緒に戦っています。
 それ以外はおおむね古事記も日本書紀も同じ記載です。

 さて、天下を平定した、崇神天皇のことを、「初国知らししミナキノスメラミコ
 ト」と古事記では書いています。

 まるで初代天皇のような記述です。
 日本初代の天皇は…神武天皇ですね。
 
 そこで、神武天皇の項に戻ってみると、古事記には初代天皇という記述はござ
 いません。

 日本書紀には、神武天皇のことを「はつくにしらすすめらめこと」とあり、初
 代天皇としていますが、古事記、日本書紀ともに、初代天皇を崇神天皇にして
 いるようです。

 この問題については、崇神天皇が大和朝廷の始祖としての天皇であるが、皇室
 の起源をさらに古く神代にさかのぼって求め、神代と人代とを一続きの物語と
 して歴史的に語るために、神武天皇の伝説を語り、さらに神武天皇から開化天
 皇まで九代の天皇系譜が形作られたのであろう、と考えられているようです。

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