皆さん、こんにちは。
霧隠です。

すっかり岩殿山城を堪能したあと、勝山城に一路向かいました。
このお城は、桂川を挟んで対岸にある谷村城の支城としてあり、もともとは
小山田氏のお城だったそうですが、信長公の甲斐攻めのあと、家康公が甲斐に
入り、伏見城の攻防戦で有名な鳥居元忠公が入ります。
そして、ちょっと離れたところにある、「御坂城」に布陣した北条氏と戦う
前線基地として利用していたようです。

富士急谷村駅から多分歩いて10分くらいで「南口遊歩道」につくはずです。
登るときはこちらから登りましょう♪
大体10分くらいのんびり登ると一気に本丸にたどり着きます。
・・・間違っても、甲斐忍者にだまされて「西口遊歩道」から登らないように!

・・・泣きます(ioi)

山城を攻略する際に一番悩むのが登り口ですが、有名なお城(小谷城、安土城など)
は地元の教育委員会も力を入れて看板が駅からあるくらいですが、そうでない
場合、この登り口がなかなか分かりません。
大体駅から歩いていける場合は、駅の人に聞くのですが、今回教わったのは・・・
どうやら「西口遊歩道」だったらしく、難渋いたしました。

と、いうことで、今回の山城攻略のキーポイントは、
「登り口が分からないからとりあえず、まっすぐ登ってみよう♪」
です。

情報により、西口遊歩道についたのですが、そこはただの田んぼ。
まっすぐ行ってもうっそうと繁った草薮しかなく、見上げると山の頂上は
けっこう身近に感じられたので、とりあえず登ってみることに。

まさに、薮こぎです。
一人では無理でも、Mさんと一緒なら大丈夫(^^)
クモの巣にもひるむことなく5分ほどガシガシ道無き道を登ると、道っぽい
細いルートが。

そこをたどると、でっかい堀切にぶつかります。
どうやらここが「内堀」と呼ばれるもので、広さはゆうに5メートルは
あったと思います。
箕輪城みたいです。

そのまま少し下まで降りて、また戻っていよいよ本丸攻略!
と、その大きく、高〜い堀切をしばし見つめると、
「登ってこんかい♪」
と堀切が呼んでいるよう。
忍者の名にかけてもこれくらいの崖に負けてなるものかと、10メートルくらいの
崖に挑んでみました。

・・・あきれているMさんを後にして(−−)

ガシガシ。
フンフン。
ザッザッ。

おぉ〜、いける、いける〜
これも修行のたまもの!
けど、ちょびっと怖かったので下は振り向かないことに。

やっとの思いで上につくと、そこは「薮」だった(TOT)

今さら下に降りれないので、現在地も分からないまま、とりあえず、
上を目指すことに。

草を掻き分け出てきた場所は、二の丸でした。
本丸もそうでしたが、この勝山城は地元の方のたえまない努力で、
下草がかってあり、遺構がよ〜く分かります!
このような愛情には頭が下がる思いです。

基本的な山城の遺構を見られるのでしたら、模範的な縄張りだと思います。

本丸下にはこそっと野面積みの石垣もあり、なかなか楽しいです。
いまある、土の中にも石垣が埋まっているそうで、本格的な調査が待たれます。

縄張り図を片手に思う存分駆け回ったあと、勝山城を後にしました。

・・・帰りも当然、西口遊歩道で。
でも、この遊歩道上の方はめちゃくちゃ整備されており、とっても歩きやすいです。
んが、下に行くにつれ、下草がボーボー。
もはや人の歩ける道でなく、最後はどこが出口かぁ分からない。
クモの巣のありっぷりからみるとしばらく誰も来ていない様子。

せっかくの整備ももったいない。
岩殿山城よりむしろハイキングにはもってこいのコースなので、皆さんも
この「西口遊歩道」から登りましょう。
・・・ちょっと薮の中につっこむ勇気が必要なだけです(−−)

PS:ナベさんもこの勝山城にいらっしゃったんですね。
   薮からガサゴソでてくる某にあったら、さぞかし驚いたでしょう。
   いや、むしろ、一緒に薮で遭って、ビックリしたり(>_<)

次はいよいよ御坂城(標高1596メートル♪)の報告です。

では〜
長々とすみませぬ〜

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