<第32話 海幸彦の服従>
「ふぅ」
「あなたどうしたの?」
「ふぅ〜」
…………………………………
夫である山幸彦がためきいをつくのを見たトヨタマビメは、父親の海の神に相
談した。
「お父様、夫がため息をついているの」
「それは心配だな」
「えぇ、この3年間でため息をつくことなんてなかったのに…」
「何か理由があるかもしれないな。さっそく婿殿に聞いてみよう」
…………………………………
さっそく山幸彦に訳を聞こうとする海の神。
「婿殿、何か悩みでもあるのでしょうか?」
「えっ、なぜですか?」
「姫が婿殿がため息をもらしたのを心配してな。」
「ご心配をおかけしてすみません」
「そこで、何か悩みでもあるのではないかと思って。また、そもそもこの国に
来た理由などをお聞かせ願えればと。」
「分かりました。実は…」
……………………………………
「そうだったのですか、兄の釣り針を探しに」
「えぇ、そうなのです」
「おい、皆の者に集まるように伝えるのだ」
「かしこまりました」
「婿殿、その釣り針がどこにあるか、今からお調べいたします」
「ありがとうございます!」
……………………………………
理由を聞いた海の神は、広場に魚たちを集め尋ねた。
「皆の者、よく集まってくれた。さっそく尋ねるが、釣り針をのどにつまらせ
た者を知らないか?」
「それでしたら、タイの奴がのどに骨が刺さって、物を食べることができない
と訴えていましたが…」
「そうか、タイはどこにいる?」
「ここに」
「どれ、お前ののどを調べてみよう…、お、あった。婿殿この釣り針ですか?」
「は、はいっ! 確かにその釣り針です。」
「それはよかった。おい、この釣り針を洗い清めて婿殿にお渡しするように」
「かしこまりました」
「ところで婿殿」
「はい」
「お話を伺ったところでは、このまま釣り針を兄君に返しても状況は変わらな
いと思います」
「といいますと」
「兄君のいじわるをなくすためにもこの釣り針を返すときに、『この鉤は、おぼ
鉤(憂鬱になる釣針)、すす鉤(イライラする釣針)、貧鉤(貧しくなる釣針)、
うつ鉤(愚かになる釣針)』といいながら後ろ手で渡すのです」
「それはあまりにもひどいのでは?」
「それくらいでないとダメだと思います。さらに、兄君が高い土地に田を作っ
たら婿殿は低い場所に、兄君が低い場所に田を作ったら、高い土地に田を作
ってください」
「それはどうしてですか?」
「私は海の神。水を自由に操れますので、この力であなたの兄君を3年間凶作
にして、貧しくさせます」
「そこまでしたら…」
「えぇ、きっとあなたをお恨みなさるでしょう。そこで、このシオミツタマ(潮
満珠)とシオフルタメ(潮干珠)をお渡ししておきます」
「これは?」
「兄君があなたを恨んで攻め寄せてきたときに、こうするのです…」
「…分かりました。何から何までありがとうございます」
「おい、婿殿が地上にお帰りだ。誰かお送りして差し上げろ」
「では、私が!」
「いえ、私こそ!」
「私にお任せを!」
「うむ、鰐(わに)たちよ、それではお前たちの誰が一番速いのか?」
「それは私です!」
「一尋鰐(ひとひろわに)か、ではお前に頼もう」
「はっ、私なら一日でお送りできます!」
「頼んだぞ、但し、怖い思いをさせてはならんぞ。では、婿殿もお気をつけて」
「ありがとうございます」
……………………………………
無事、地上に戻った山幸彦はすぐに兄の元に向かった。
「兄さん!」
「なんだ、山幸彦、三年間もどこに行っていたんだ。心配したぞ」
「兄さんの釣り針を探していたんだ!」
「そうか、それで見つかったのか?」
「うん、見つかったよ。ほら」
「おぉ、そうかよかった。ん? 何で後ろ手で渡すんだ」
「えっ、気にしないで」
(この鉤は、おぼ鉤、すす鉤、貧鉤、うる鉤!)
「そうだ、お前のいない間に私は高い土地に田を耕していた。お前も一緒にど
うだ?」
「い、いや、いいですよ。私は低い土地で一から耕しなおしますから」
「そうか、がんばれよ」
………………………………
「なんで、いつもいつも俺の田は凶作なんだ。それにひきかえあいつの田はい
つも豊作だ」
不思議に思う海幸彦。
「そういえば、あいつが釣り針を返すときにしたしぐさは何だったのだ。あれ
以来俺には悪いことばかり起きている。もしや…」
………………………………
「山幸彦、いるか!」
「はい、兄さん」
「お前、俺に何をした!」
「な、何もしてないよ」
「怪しい、ええい、もう許さん!」
「あわわ、やっ!」
ザッパン!
ザザーーーーーーーーー
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
海の神からもらった潮満珠を振りかざす山幸彦。
と同時に、猛烈な水流が兄、海幸彦を襲い掛かる。
「た、助けてくれー」
「どうだい、兄さん、もう僕をいじめないかい?」
「わ、分かった。俺が悪かった。許してくれ!」
「じゃぁ、それっ!」
今度は潮干珠を大きくかざす山幸彦。
すると、ピタッと水流が消え、おぼれかけていた海幸彦も一命を取り留める。
「これからは昼夜あなた様の守護人(まもりびと)になってお仕えいたします」
こうして、ホデリノミコト(火照命)の子孫である隼人(はやと)一族は、海
海水におぼれたときの様々なしぐさを今に伝えている。
<参考文献>
岩波書店:古事記(倉野憲司校注)
講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸)
===================================
*このページは古事記との違いや、さらに詳細な説明が書かれています。
お時間に余裕がございましたら、ご覧くださいませ。
===================================
【次号予告クイズ】
Q32.トヨタマビメが出産したときに、海の国での本当の姿に戻ります。
さて、それはどんな姿?
1.ワニ
2.クジラ
3.エビ
答えは、次号を読めば分かります。
次号「トヨタマビメの出産」をお楽しみ〜