<第33話 トヨタマビメの出産>
「あなた、私は妊娠したようです」
「おぉ、それは本当か!」
「えぇ、もうすぐ生まれそうだったので、天つ神の御子は海の中で生んではな
らないと思って、こちらにやってきました」
「そうか、それはよく来てくれた」
「そこで今から海辺のなぎさに鵜の羽を茅葺(かやぶき)にした産屋を建てて
欲しいの」
「そんなことは簡単だ。さっそく造らせよう」
「ありがとう、あなた。ただ…」
「ん? どうした?」
「一つだけお願いがあるの」
「なんだい」
「異郷の人が出産するときには、すべて本の国の姿になってしまうの」
「それで?」
「私も出産のときには海の国の姿に戻ってしまうの」
「うん」
「だから、お願いだから私の出産している姿を見て欲しくないの」
「わかった、約束するよ」
「お願いね、あなた。うっ、生まれる…」
「だ、大丈夫かい! トヨタマビメ!」
「えぇ、大丈夫。あなた約束を忘れないでね」
………………………………
(ヒメは大丈夫だろうか、心配だ。やはりちょっと様子を見てこよう…)
(い、いや、ダメだ、ヒメとの約束は守らなければ)
(しかし、なぜ、ヒメはあのようなことを言ったのだろう? 本の姿って一
体?)
(よし、やはりこっそりのぞきにいこう!)
…………………………………
「う、うわぁ! ヒ、ヒメが八尋(やひろ)ワニの姿にっ!?」
「はっ! あなた、見ないでっていったのに!」
「うわぁぁぁ、なんてことだ!」
「あ、あなた逃げないでください…」
…………………………………
(あぁ、あなたどうして約束を守ってくださらなかったの)
(どうして私にこんな恥ずかしい思いをさせたの)
(私は海の道を通って、あなたに会いにこの国と行き来したいと思っていたの
に…)
(今は、その願いもかなわないわ、こんな恥ずかしい思いをした後では…)
(あなた、もう二度とお会いすることはないのですね…)
(あなたとの子供を残していきます。立派な御子として育ててください、さよ
うなら)
こうして、海の道をふさいだトヨタマビメは単身、海の国へと戻っていった。
…………………………………
「姉さん、大丈夫?」
「えぇ、ありがとう」
「それにしてもホヲリノミコトって悪い男ね、姉さんとの約束を破るなんて」
「あの人の悪口を言わないで、最初は恨んだこともあったけど、今でもあの人
を愛しているのだから…」
「姉さん…」
「それにかわいい我が子の行く末も心配だし…」
「…」
「そうだ、タマヨリビメ(玉依昆賣)、あなたにお願いがあるんだけど」
「えぇ、何でも言って」
「ありがとう。今からあの人のもとにこの手紙を持って訪ねて欲しいの」
「えっ!」
「そして、あなたにあの人の子を育てて欲しいの」
「え、でも…」
「無理なお願いだというのは分かっているけど、あなたにしか頼めないの。お
願い」
「…分かったわ」
「ありがとう、タマヨリビメ」
………………………………
(あぁ、ヒメよ、逃げ出したりしてすまなかった)
あまりにも衝撃なヒメの姿を見て、思わず逃げ出してしまった山幸彦ことホヲ
リノミコト(火遠理命)は、心から後悔していた。
「ホヲリノミコト様、トヨタメビメからの使者が参っておりますが…」
「何! すぐにお通ししろ!」
「かしこまりました」
「ホヲリノミコト様、姉から手紙を預かっております」
赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装し 貴くありけり
「ヒメよ、あなたの姿に驚いて逃げた私のことを赤い玉よりも美しいと褒め称
えてくれるのか」
「姉は私にホヲリノミコト様の御子の面倒をみるようにとも申しておりまし
た」
「そうですか、ヒメはそこまで気を遣ってくださっているのですか」
「はい」
「それでは、ここに今の私の気持ちを書き綴った手紙があります。これをヒメ
に渡していただけないでしょうか」
「もちろんです」
「それでは、我が子の養育をよろしくお願いします」
………………………………
「姉さん、ただいま戻りました」
「どうでしたか?」
「ホヲリノミコト様は、姉さんの姿を見て逃げ出したことを心より後悔なさっ
ておられました」
「…そうでしたか」
「それと、私にお子様の養育をお任せくださいました」
「…そうですか」
「そして、ホヲリノミコト様からお手紙を預かっております」
「本当ですか!」
「はい、こちらです。」
沖つ島 鴨著(ど)く島に 我が率(ゐ)寝し 妹は忘れじ 世のことごとに
「あぁ、私のことを生涯忘れないと書いてあるわ」
「…よかったね、姉さん」
「えぇ」
………………………………
それからホヲリノミコトは580年生き、高千穂の山の西に葬られた。
ホヲリノミコトの御子、アマツヒコヒコナギサタケウカヤフキアヘズノミコト
(天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命)は、おばのタマヨリビメと結婚し、イ
ツセノミコト(五瀬命)、イナヒノミコト(稲氷命)、ミケヌノミコト(御毛沼
命)、ワカミケヌノミコト(若御毛沼命)が生まれた。
ワカミケヌノミコトの別名は、カムヤマトイハレビコノミコト(神倭伊波礼昆
古命)と言った。
ミケヌノミコトはスクナビコナノカミと同じ、常世国へ行き、イナヒノミコト
は母のいる海原に入った。
<参考文献>
岩波書店:古事記(倉野憲司校注)
講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸)
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*このページは古事記との違いや、さらに詳細な説明が書かれています。
お時間に余裕がございましたら、ご覧くださいませ。
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【次号予告クイズ】
Q33.東遷の最中に、イツセノミコトは戦死してしまいます。
彼はなぜ死んでしまうのか?
1.敵の矢を手に当ててしまって
2.落とし穴に落ちて
3.味方に裏切られて
答えは、次号を読めば分かります。
次号「東遷」をお楽しみ〜