皆さん、こんにちは。
霧隠です。

すでにMさんがご報告しておりまするが、Yさんのご案内による、
上州は小幡氏の居城「国峯城」に御台さんとご一緒に攻略してきましたので、
ご報告させていただきたいと思います。

そもそも、今年の3月にYさんの箕輪城をご案内していただいたときに
他にもええ山城ありますか♪ と聞いたところ、ご紹介いただいたのがこのお城。
俄然、楽しみにしておりました。

攻略前に、ご紹介いただいた本「剣の天地」(池波正太郎著:新潮文庫)を
読んでさらに興味が高まり、快晴にも恵まれ楽しいお城めぐりができました。

この場をお借りして、Yさん、ありがとうございました!

さて、この国峯城、上州を代表する山城「箕輪城」に匹敵するほどの規模のお城
です。
城主の小幡氏は、箕輪城主の長野氏と婚姻関係を結んでおり、同じく関東管領
山の内上杉氏の重臣として活躍しますが、後に武田信玄公に仕え、武田24将に
も名を連ね、小幡の赤備えとして長篠の合戦にも参加します。
武田家滅亡後は滝川一益に仕え、本能寺の変後は後北条氏に仕え、秀吉公の
小田原攻めの際には、小田原城に篭城に行き、小田原城落城に伴い、信濃の国に
浪人したところを徳川家康公に抱えられたそうです。この際国峯城を守った息子は
残念ながら城を落とされ、廃城になったそうです。

今回は初めて訪れたのですが、普通に車で行けるところまで行くのはもったいない
という要望をお聞きくださり、「←国峯城址」という看板があるにもかかわらず
逆の右側の道をGO! 縄張り図を頼りに近くの民家まで行き、さっそく情報収集。

「ええと、国峯城に行きたいのですが?」
「あぁ、車で近くまでいけるがのぅ」
「い、いやぁ、ここから歩いて行きたいんですけど・・・」
「(!?)←しばし絶句。」
「や、やっぱり道はないのでしょうか?」
「10年前にブルトーザーが入ったから道はあるが、誰も行きはせんで」
「でも、行きたいんです!」
という熱意(?)にほだされ、このおじいちゃんから道を聞き、さっそく
「国峯城ふもとからふもとまで」を実現することに。

まずは、でっかい空堀がお出迎え。
その先には竪堀らしきものが。
でも、いきなり訳のわからない道に行くわけにはいかず(残念)、ちょっと迂回
して登ることに。

・・・てくてく。

う〜む、だんだん隣の山に行っているような気が・・・
仕方なく元の道に戻ることに。
と、その戻る途中、さりげなぁ〜い(魅惑的な)小道を発見!

さっそくYさんを説得し、その道を登ることに。
・・・やっぱり、地図を見ないでこぅ、なんとなく登る山城もまた楽しかりや。

とりあえず、気ままに登ること5分。
どうやら左に見えるのは先ほどの竪堀のようだ。
となると、縄張り図からは今はこの辺だろうか・・・とちょびっと迷子になりつつ
あったので、やっぱり道を戻ることに(−−)

でも、ふと下(竪堀と思っていたら沢でした)を見ると左側に行ける小道があるでは
ないか!

行きませう♪

と、勝手気ままに進む某をYさんがあきれてないかちょっぴり心配しつつ
も気にせず進軍。

そのまま小道を進むと尾根道に到着。
当時の山々の移動は尾根道が普通なので、このまま御殿平まで行けるかも〜と
進むこと10分。
おっきな道にたどり付きました。
どうやらこれがブルトーザーの道らしいです。
林道を作るために作ったけど、大木は倒れているは、草はすごいわで現在使われて
いないことが分かります。

このまま進んでいくと、曲輪らしく区画にたどり付きました。
さらに登ると御殿平にたどりつきました。

ここには桜の木がたくさん植えられており、春に訪れたら見事な景色でしょう。

ここから国峯城の遺構を本格的に堪能しましたが、長くなりましたので本日は
ここまでにいたしたいと思いまする。

それでは〜

その2へ


 |  医食同源<体にいい食べもの>  |  週刊「孫子の兵法」  |  週刊「国宝」  |  週刊「論語」  | 
 |  織田信長一代記  |  一日一考  |  古事記物語  |  お城旅行記  |