皆さん、こんにちは。
霧隠です。
遅くなりましたが、松山城本丸編です。
現存12天守閣のひとつ、この松山城。
何の知識もなく行ったのですが、よかったです! すごかったです!
感動を通り越して、言葉を失いました。
とにかくすごいんです。
松山市の意気込み、お城に対する熱い想いが伝わって参ります。
と、抽象的なことばかりではなんですので、具体的なご報告を。
なにがどうすごいのか、箇条書きにしてみました。
1.その復元に対する熱い想い
2.見事なまでの巧妙な縄張り
3.お城というものがよく分かる
です。
復元のことを書く前に、まずは某がたどったコースをば。
戸無門→筒井門*(隣に隠門あり)→隠門続櫓→太鼓門*→太鼓櫓*
→巽櫓*→馬具櫓*→一の門→一ノ門南櫓→一ノ門東櫓→一ノ門東塀
→二ノ門→二ノ門南櫓→三ノ門南櫓→筋鉄門→天守閣→北隅櫓*→
十間廊下*→南隅櫓*→小天守*→天神櫓*→紫竹門→続塀→野原櫓
→乾門東続櫓*→乾門*→乾櫓→艮門*→艮門東続櫓*
です。
名前の後にある(*)マークが復元を意味しています。
馬具櫓のみ鉄筋で、それ以外の
筒井門、太鼓門、太鼓櫓、巽櫓、北隅櫓、十間廊下、南隅櫓、小天守、
天神櫓、乾門東続櫓、乾門、艮門、艮門東続櫓が木造で復元されて
いるのです!
1958年にまずは馬具櫓が復元され、その後1968年から1990年
にかけて順次復元されていったのです。
早いものでは、復元されてからすでに30年の月日がたっており、ほとんど
え! これが復元? 分からないほどすんばらしい〜
という感じです。
戦災や放火、火災によって焼失を免れた建物は重要文化財になっております
が、それらの建物との違和感が全くなく、お城としての一体感が高まって
おりまする。
見事復元してくれました!
ありがとう〜、松山市!
いい仕事しておりまする。
もともと松山城天守閣自体が、1635年にできたものが、1779年に落雷で焼失。
その後1809年に再建工事を始め、1835年に26年の歳月をかけて再建された
もので、再建されてまだ200年たっておりません。
現在木造で復元された門や櫓もこの後100年もたてば立派な再建建築として
認識されることでしょう。
それにしてもこれだけ建物があるというのがすばらしい。
しかも、どの建物も精巧な造りで、その威風堂々たる存在感には圧倒されまする。
見事なまでの復元。
これはもう、江戸時代、昭和時代というものを越えて、松山市民による
松山城再建のドラマだと感じました。
その熱き想いに心が打たれました。
本当に市民に愛されたお城なのだと。
なんだかいるだけでうれしくなるお城です。
ご参考までに松山市でこのようなHPを作成しております。
「松山城」
http://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/castle/
さて、三連休ということで、観光客も多く、皆さんいろいろなすばらしき建築物
を楽しんでいますが、ここ松山城は、某の大好きな海の見えるお城なのです。
筒井門から見る瀬戸内海は本当に美しく、また城下町が眼下に広がるその景色は
なんともいえません。
春や昔 十五万石の 城下町
正岡子規
ええ歌ですね。
それにしてもいい景色です。
市民の憩いの場としては最高のスポットです。
さらに本丸には梅が咲いており、それもまた風雅な趣きがありまする。
そうそう松山城はまず加藤家(蛇の目紋)、蒲生家(左三巴紋)、ときて
最後は松平家(三つ葉葵)と移り変わります。松平家は明治維新を迎え
もとの久松家に名前を戻すのですが、この久松家の家紋が「星梅鉢」。
ご先祖様は「梅といったら菅原道真公」というほど有名な道真公だそうで、
道真公が愛した梅の家紋を使用しています(大河ドラマの前田家も梅鉢紋で
やはり菅原家の出だそうです)。
天神櫓は戦略的意味は薄いそうですが、ご先祖様を祭るという意味で建てられ
たそうです。
それと、某は家紋が好きなので、お城を見るとき必ず双眼鏡で瓦を見るのですが、
天守閣の瓦は「三つ葉葵」でしたが、乾櫓、野原櫓の紋が「右三つ巴」なのが
不思議でした。
むむ〜、蒲生家なら「左三つ巴」のはずだし、どうしてなんだろ〜
そういえば説明板には正木城から移築されたと書いてあるので、この正木城の
城主の家紋が「右三つ巴」だったのだろうか・・・なんて考えておりました。
ちなみによく誤解される巴の「右左」。
簡単に見分ける方法があります。
右手の平を上にして、拳を握ると(親指は外に出す)、親指が左を向いて
いますよね。
この親指の方向におたまじゃくしの頭が向いていたら「右巴」。
逆に左手で、親指が右を向いており、おたまじゃくしの頭と同じ方向を向いて
いたら「左巴」。
まぁ、簡単に「おたまじゃくしの頭の方向と逆方向(おたまじゃくしの頭が
右に向かっていたら左巴)」と覚えてもいいのですが、この手を使うほうが、
おたまじゃくしの頭の向きと手がどっちかでとっても分かりやすいです。
・・・って、(勝手に)霧隠家紋講座でした。
脱線してすみません。
さて、次回はこの松山城の巧妙な縄張りについてつたない知識でありますが、
ご説明したいと思います。