Tさん、こんにちは!
霧隠です。

お返事ありがとうございます。
それにしてもこのようなすばらしきお城のふもとにお住まいとは
なんともはやうらやましい限りでございりまするなぁ。

さて、この松山城縄張りがまったくもって匠でござりまする。
某勘九郎さん主催の縄張り図作成会の末席におりますが、縄張りの
すぐれたお城という視点から松山城のご報告をしてみたいと思います。

その前に、そもそも縄張りとはなんぞやですが、お城を作る際に
まず縄を張ってその場所とりをしたところから名がついたようです。
その主たる目的はずばり「防御性」です。

まずは先ほどご紹介した松山市のHPより松山城縄張りをご覧下さい。
http://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/castle/

ここで、状況設定として松山城を大軍で包囲して、力攻めしていると
仮定します。
今回のご報告は、ちょっとフィクションチックにしてみたいと思います。
フィクションなので名前、人数などはかなぁ〜りええかげんです。
ご了承くださいませ。

まず、三の丸、二の丸が落城し、敵はついに戸無門を破り、いよいよ
本丸攻略を目指し、雪崩をうって筒井門に攻めかかります。

しかし! この場所は訪れば分かりませんが、とても狭い場所で、
とても門を破るための人数は入れません。
その間にも「隠門続櫓」からは鉄砲がつるべ落しに容赦なく打って
きます。
それにもひるまず門を壊そうとする攻めてに対して、
「ワー」
という喚声が右手から突如してきます。

ギョッとする寄せ手に対して、右手に隠れていたまさしく「隠門」から
打ってでた城兵は少数ながらも奇襲に成功。
よもや横腹を攻められると思っていなかった寄せ手はここで完全に
混乱に陥ってしまします。

その混乱を天守閣にて見ていた城主松平氏は、急ぎ艮門の兵に指令を
出します。
ひっそりと出陣した騎馬兵は石垣下を急ぎ、戸無門に向かい、混乱
した兵を挟み撃ちにしようと突撃をかけます。
「かかれー!」
「引け引けー」
寄せ手はここで完全に押し戻されてしまいます。

ここで、視点を搦め手に移します。
総攻撃を開始した敵軍は筒井門と同時に搦め手口である乾門を攻略
すべく突撃を繰り返します。
しかし、城兵も乾櫓、乾門東続櫓から鉄砲をつるべ打ち。
敵兵の被害が増えていきます。
それでも数を頼りに押してきます。
しかし、門は頑丈。
なかなか破れません、
そうこうしているうちに、戦線は膠着し、寄せ手に疲れが見えてきます。
「頃は良し! 美作守、打ってでよ!」
「はっ!」
ドドドッと二番手の兵が今度は逆方向に進軍します。

「かかれー」という掛け声とともに、敵兵の横っ腹に突撃します。
完全に油断した敵兵は支えることもできずに背を向けて逃げ出します。
逃げ出す敵兵を追撃し、さらに敵の被害は広がるばかり。

大手、搦め手ともども思いも寄らない側面からの攻撃で寄せ手は
押し戻されてしまいました。

この日の被害は敵兵数千に対して、見方は数人。
あきらかに力攻めは失敗したかに思えます。
ここで攻めては力攻めはあきらめ兵糧攻めを狙ったかもしれません。

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・・・う〜ん、むしろ分かりにくかったでしょうか。
とにかく、隠門という存在に某ビックリ。
筒井門からは全然見えないのです。
この縄張りはすごいと思いました。
また、艮門の役割がまたすごい。
筒井門、乾門を攻めている両方の敵に対してどちらへ対しても側面を
狙えるというのにも驚きです。
見事、見事な築城です!

しかも、櫓もしっかり復元しているので、なおさらそのすごさを
実感できます。

次回は、この形式にて天守閣の攻防を描きたいと思います。
その名も天守閣落城・・・となるのでしょうか。

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