皆さん、こんにちは。
霧隠です。

念願かなった御坂城リベンジ。
ルートは2つ書かれておりました。

1つは「まっすぐ」御坂峠を登る道(これが鎌倉街道になるようです)。
2つ目は大きく迂回して「黒岳(1792m)」を堪能して御坂城を目指すコース。

現在の時間は1時半。
山で遭難するのは怖いので、まっすぐ御坂城を強襲することに。
登ってすぐ右側に小さな看板で「御坂峠」と書いてありますので、ご注意を。
うっかりすると「三つ峠」に行ってしまいます。
・・・そうするとただの山登りに(−−)

山登り、もとい、山城登りは最初が肝心。
はじめの5分間は体があったまっていないので、とっても息苦しいです。
しかも、このコースは純粋な山登り。急です。
ただ、それもすぐ慣れ、軽快に登っていきます。

・・・延々と1時間ばかり♪

気分はすっかり江戸時代の旅人です。
今まさに峠を超えようと努力している姿は、お城めぐりをしているのか、
山登りを純粋に楽しんでいるのか、はなはだ疑問です。

でも、さすがに登り始めて40分もすると、ま、まだつかないの〜と段々
厳しくなってきます。

でも、そこにお城があるんだ〜と思うと気合が入ってまいります。
とりあえず、頂上についてちょっと歩くと、いきなり御坂城の本丸に到着します。
休みなく登り続けて大体1時間。のんびり歩くと1時間半くらいでしょうか。
さすが、標高1596メートルの御坂山の近くにある御坂城。

看板を見ると、戦国時代の前からここ鎌倉街道を抑えるための砦はあったそうです
が、
織田信長公が本能寺の変にて横死した後、空白地帯になった甲斐の国をめぐって
徳川氏と北条氏が争った際に、北条氏が拡張したお城だそうで、長らく地元では
「幻の城」と呼ばれ存在がわからなかったのですが、昭和41年に古地図が見つかり
その縄張りが分かり、調査した結果、当時のままの見事な遺構が確認されたと
書いてありました。

普段、訪ねる人も黒岳目指す登山者しかいないので、ほとんどあらされることなく
残った遺構は確かに保存状態はバッチリです。

北条式の縄張りの特徴をもった折歪(おりひずみ)のようなものもありました。
・・・唐沢山城にあったようなもの。

また、土塁も当然、堀きり、角馬だし、竪堀などここにお城があったという遺構が
てんこ盛りでした。

・・・あぁ、ほんに来た甲斐あったっす。
しかも、標高1596メートルからの景色は最高でした。

目の前にそびえたつ雄大な富士山の姿を楽しみながら♪

・・・しかし、こんな山のてっぺんにある山城を攻略する人いるのかなぁ〜
というつっこみはとりあえず、おいときます。

実際に戦闘がこのお城で行われることなく、別の戦闘で敗退した北条軍は
徳川軍と和睦して撤退したそうです。

それにしても、山からの景色はすばらしいです。
それだけでも、来た甲斐があるのですが、(多分)日本一標高が高いところに
ある山城「御坂城」。
これを攻略されれば、大概の山城がかわいく思えます。
*ただし、藪こぎや崖下りを除きます。

ご希望の方がいらっしゃれば、ご案内申し上げますので、お気軽におっしゃって
くださいませ。

長々と読んでいただきありがとうございました!

・・・続いて遭難記が続きます(TOT)

それでは〜

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