皆さん、こんにちは。
霧隠です。

賤ケ岳の前日に念願だった長篠城を攻略してきましたので、ご報告したいと思い
ます。

長篠城

天正3年(1575年)5月、三河の国長篠城を1万5千の武田軍が囲みます。
城主、奥平貞昌(地元のパンフを参照)は500の兵で篭城します。
貞昌、このとき齢21歳。

奥平貞昌は、500兵で武田軍の猛攻をしのぎ、織田、徳川の援軍を待ちます。
鳥居強右衛門の活躍もあり、援軍到着を知った武田軍は、城の包囲を解いて設楽
が原へ向かい、織田信長公、徳川家康公の連合軍3万と対峙し、“一説によると”
鉄砲によって敗退してしまいます。

某が以前から疑問に思っていたのは、なぜ、わずか500の兵で武田軍1万5千の
兵の猛攻をしのげたのか? でした。

今回長篠城を訪れて、この目で見て、納得しました。
理由は、その立地条件にあったのです。

図に書くとこんな感じ。

そう、長篠城とは、豊川と宇連川の合流点を背にした、要害の地に築城されたお
城なのです。

つまり、背後の心配はいらず、正面の敵だけに対して防御を固めればいいので、
守る側には守りやすい城であるとともに、攻める側としては、非常に攻めにくい
お城なのです。

今回、実際にお城の背後に流れている豊川、宇連川を見てその防御性を再確認し
ました。

さて、長篠城は電車で行く場合には、JR飯田線で豊橋駅から約1時間。
でも、電車の本数が非常に少ないので、「駅前探検倶楽部」などのHPなどで、時
刻を確認してから行くと便利です。
●駅前探検倶楽部
http://ekimae.toshiba.co.jp/

さて、長篠駅に到着して、駅前にある案内板を見て、駅を背後に左側(西側)を
てくてく歩きます。

てくてく。

・・・10分後。

まだつかない。

てくてく

15分後ようやく長篠城址史跡保存館にたどりつきます。
駅から約1キロ。
なかなかつかないので、ちょびっと不安になりました。

まだ時間にして8時前後だったので、資料館が空いておらず、そばにあったでっ
かい長篠合戦の絵図をじっくり見る。
これがなかなかのもので、でかい分だけ長篠の合戦の全体像がよくわかります。

さて、長篠城は駐車場が完備されており、その駐車場の目の前にみごとな空堀が
ございます。
深さは5mくらい。
広さは3mくらいでしょうか。
「危険、侵入禁止」とあるので、外から眺めることに。
この堀は内堀で、現在はこの内堀しか原形をとどめておりませんが、この他にも
外堀などがあったようです。
また土塁も残っているようです。

郭(くるわ)は全部で弾正郭、倉屋敷、帯郭、本丸、野牛郭、巴城郭、瓢郭の6
つで、図に書くとこんな感じです。
  

広さにして3.5haです。
本丸のど真ん中をJR飯田線が貫通しています(−−)
保存館から本丸をながめると、ほとんど平地に建っているお城に見えます。
ほとんど平坦なお城で、パッと見、平城? と思ってしまいます。

かろうじて、城内にある案内板を見て、当時の空堀や門跡などを思い浮かべて当
時の堅固な長篠城を想像しないと、とてもこんなお城が500の兵で1万5千の兵
の攻めを守り抜いたとは思えません。

内堀を横目に見ながら、本丸にむかいます。
本丸はただの平地になっております。
フェンスでぐるりと囲んでおり、櫓台のような台地に神社が建っています。

フェンスの向こうには、久間山砦、中山砦、鳶が巣砦、姥が懐砦、君が臥床砦の
5つの山が見えます。
なんと、ご丁寧にそれぞれの山の方向の位置に看板があります。
だから看板の方向にそれぞれの砦があった山を確認できます。
さらに詳しい説明もあります。

フェンスの向こう側は線路になっており、さらに向こうは野牛郭。
ここは少し低くなっております。
本丸からちょっと迂回しないとそこには行けません。

本丸からは矢沢と呼ばれる小沢のそばに下りることができます。
ここにはちっちゃな滝もあります。

そろそろ保存館の開館時刻になったので、入館する前に、保存館のまわりを一周
しました。
すると、小さな筒みたいなものがございます。
望遠鏡かな? と思ってその筒を見てみると、「↑医王寺山」という言葉が書かれ
ていました。
中を覗いたらなんと、“○”の向こうに勝頼公が布陣した医王寺山がくっきり見え
るのです!

おぉ、すげ〜と思いながら、あの山が医王寺山かと感慨もひとしお。
地元の方じゃないと分からない山の位置がはっきり確認できるのには感動しまし
た。

他にも大通寺陣地なども確認できます。
すぐに保存館にむかわず、その周囲の秘密の筒を堪能されたらいかがでしょう。

さて、保存館には長篠城の英雄、鳥居強右衛門磔の図や長篠城篭城の際に使用し
た血染めの陣太鼓をはじめ、長篠城の貴重な展示物がてんこもり。
長篠城合戦がどのように始まり、どのように推移したのか一目瞭然です。

ここでじっくり長篠城合戦のことを勉強した後、いよいよ武田軍が布陣した大通
寺陣地、医王寺山本陣、天神山陣地を攻略しました。

次回は、武田の精鋭一万五千が布陣した3つの陣地となぜ武田軍が長篠城を落と
すことができなかったか、その謎に迫ろうと思います。

それでは〜

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