第29話 吉良家と斯波家の和ぼく

 「お館様、上の郡、岩倉方が、ここ清洲近くの下津の郷にある正眼寺を砦にす
  るといううわさが流れておりますが…」

 「そうか、ならば清洲の町人を動員し、正眼寺の藪を切り払うよう伝えよ」

 「はっ」

 ガガッ ガガッ

 「清洲の城からお侍さんが来たようじゃ」

 「んだ、んだ。正眼寺の藪を切り払っているわしらが、岩倉の殿様に襲われな
  いようにと、信長様自らお出でになるようじゃな」

 「ん? 何だか少ないようじゃが」
 
 「ひぃ、ふぅ…、なんだわずか83騎しかいないが大丈夫なのか?」

 「おい、大変だ、岩倉の殿様の兵が近づいているそうな」

 「何? その数はいくらじゃ?」

 「三千はいるそうだぞ」

 「信長様は大丈夫なのだろうか? わずは83騎でどうなさるおつもりなの
  か?」

 …………………………………

 「町人たちに竹やりを持たせろ!」

 「直ちに」

 「備えの後方をうまくとりつくろえ!」

 「かしこまりました」

 「足軽隊、前へ!」

 「はっ!」

 こうして信長は少ない手勢で、岩倉方をあしらい、両軍兵をおさめた。

 …………………………………

 「お館様、三河の吉良様と武衛様の会談の手はず整いましてございます」

 「そうか。して、会談の場所は?」

 「三河の上野原でございます」

 「では、参ろうか」

 弘治2年(1556)四月上旬。
 
 三河の吉良義昭と尾張の斯波義銀が三河の上野原にて会談した。
 吉良には今川義元が伴をし、斯波には信長が伴った。

 両軍の距離はわずか160m。
 両者は互いに前に進み、互いに黙礼し、もとの床机に戻った。

 こうして、吉良と斯波の両家は和睦を結んだ。

 信長は、名目上の国主、斯波義銀に清洲城を進呈し、自身は、清洲城の北やぐ
 らに入った。

 ………………………………

 「申し上げます!」

 「どうした?」

 「河内の服部左京助が海上から今川勢を引き入れようとしておるとのこと」

 「服部が? さては、背後に誰かいるな。すぐに調べろ」

 「かしこまりました」

 ……………………………

 「どうだった?」
 
 「驚くべきことが分かりました。和睦した吉良、斯波様が石橋様も巻き込み、
  三者で談合し、あろうことかお館様を追放しようとされておりました」
 
 「ふん、義銀めにそのような大事ができるわけもなかろうに。愚か者が」

 「いかがいたしまするか?」

 「即刻、三人を尾張から追放しろ!」

 「はっ!」

 こうして、尾張の守護、斯波家の当主、義銀は尾張の国を追放されてしまった。

 <参考文献>
 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

 第30話へ

 戻る


 |  医食同源<体にいい食べもの>  |  週刊「孫子の兵法」  |  週刊「国宝」  |  週刊「論語」  | 
 |  織田信長一代記  |  一日一考  |  古事記物語  |  お城旅行記  |