「第36話 稲葉山城攻略」
永禄9年(1566)四月上旬。
信長は木曽川の大河を越え、美濃の加賀見野に攻め寄せた。
井口から斎藤竜興も兵を出し、両軍兵を対峙させたが、難所の場所だったので、
馬の駆け引きもできずに、互いに兵を引いた。
翌永禄10年8月1日。
「申し上げます! 美濃三人衆より使者が参りました!」
「うむ、ここへ通せ」
美濃三人衆とは、稲葉伊代守、氏家卜全、安藤伊賀守の三人のことで、西美濃
を中心に勢力を持った斎藤家の重臣たちである。
「して何用だ」
「斎藤家の命運は風雲のともし火でございます。われら三人、以後は信長様の
お味方になりたいと思い、ここに参りました」
「そうか」
「つきましては、人質をお送りしますので、どうぞお受け取りください」
「うむ、では、村井、島田、今より人質を受け取りに行け」
「かしこまりました」
しかし、人質がまだ着かないうちに信長はすぐに行動に移した。
「斎藤家の重臣、美濃三人衆が寝返った今こそ、美濃の国を奪う好機である。
兵を集めよ! すぐに井口山へ攻めかかる!」
こうして、井口山に一気に攻めあがる。
「これは敵か味方か!?」
突然の軍勢に美濃の兵はあわてとまどった。
その間に信長は町に火をかけ、稲葉山城をはだか城にしてしまう。
翌日、四方に鹿垣を結いまわし、城を完全に取り囲んでしまった。
「こ、これは…」
信長が稲葉山城を取り囲んだという知らせを聞いて急ぎ馳せ参じた美濃三人衆
は、すでに稲葉山が完全に包囲されている姿を目の当たりにして、すっかり肝
をつぶしてしまった。
そして、すぐに信長にあいさつをする美濃三人衆。
「竜興様! 美濃三人衆である稲葉、氏家、安藤が信長めに寝返った由にござ
います!」
「何! 誠か?」
「はい、その他にも多くの武将が信長に降伏している模様でございます」
「…最早これまでか」
8月15日。
斎藤竜興は、船で河内長島へ立ち退いた。
こうして、信長は美濃全域を支配化におさめ、尾張の国、小牧から美濃稲葉山
に移り、井口という名を岐阜に改めた。
信長の天下布武の戦いが始まろうとしていた。
<参考文献>
ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)
+++++++++++++(編集後記)++++++++++++++++
皆さん、こんにちは。
キリです。
ついに信長は美濃も攻略します。
美濃三人衆が寝返り、一挙に稲葉山城を攻め落とすわけですが、信長公記には
秀吉の活躍は全く書かれていません。
また、有名な岐阜の命名のシーンも信長公記には書かれていません。
そういう意味では、ちょっと信長公記は淡白な書物かもしれませんね。