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戦国の風雲児〜織田信長一代記〜 「第4話 若き日の信長」
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「いやぁ、めでたい、めでたい!」
「平手殿、ちょっと飲みすぎですぞ。」
「いいではないか、林殿。今日は信長様と斎藤道三殿のご息女とのめでたい婚
礼の日。織田家にとっても、斎藤家にとってもこんなめでたい日はないであ
ろう。」
「確かにこの婚礼で久しぶりに平穏な日々をすごせるようになったな。後は信
長様が織田家の跡継ぎとして立派になられることだけだが…」
「立派になられているではないか。初陣後、16、17、18才と別に遊ばれるこ
となく、朝夕は馬のお稽古をされ、3月から9月までは川に入って水泳の鍛
錬。水泳は特にお上手で、その練習中に、竹やりのたたき合いをご覧になら
れ、「竹やりが短いのは具合が悪い」とそれまでの竹やりより長い、三間柄や
三間半柄の槍にされたりしていますぞ。」
「そうはいっても、あのお身なりはいかがなものか。浴衣の袖をはずし、半袴
で、火打ち袋などいろいろ身におつけになって、髪はちゃせんまげで、もと
どりを紅や萌黄(もえぎ)糸で巻きたててお結いになり、朱ざやの太刀をさ
し、お付の者にもみな朱色の武具をつけさせている。あれはなんとかならん
のか。」
「身なりがなんだ、信長様は市川大介をお召しになって弓の稽古をされ、橋本
一巴を師匠として鉄砲の稽古、平田三位をいつも側近くお召しになって兵法
の稽古、さらには鷹狩りもされるなど、武士としての鍛錬を常日頃されてい
るではないか。」
「平手殿、そなたも知っておろうが、信長様が市中でなんて言われているかを。
町を歩くときには、人目をはばかることなく栗、柿はいうに及ばず、瓜をが
ぶりと食べ、立ちながら餅をほおばり、人によりかかったり、人の肩にぶら
さがるようにして歩いたりと、その立ち振る舞いの行儀の悪さは有名だ。人々
は信長様を「大うつけ」と呼んでおるんだぞ。本当に織田家の跡取りとして
大丈夫なのだろうか。わしは心配でならん。」
「……(それでも私は信長様こそ織田家の跡継ぎだと信じる)」
<参考文献>
ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
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*このページは信長公記との違いや、さらに詳細な説明が書かれています。
お時間に余裕がございましたら、ご覧ください。