皆さん、こんにちは。
霧隠です。

先日の近江・甲賀オフの翌日時間があったので、今回4回目になります、
関が原に行ってきましたので、簡単にご報告させていただきます。

今回のテーマは、松尾山の新ルートを発見することと、以前撃退された
南宮山にリベンジすることと、島津軍の敵中突破を体験すること、
大谷吉継公のお参りをすることでした。

朝、関が原の駅について、周辺マップを目の前の観光案内書でもらい、
すぐそばのレンタサイクルにて、4時間500円にて自転車を借り、一路
松尾山に向かいます。
途中、首塚でお参りし、福島正則公の陣所もよって、松尾山のふもとまで
行きました。
下の看板では、徒歩40分とあり、昨日の近江の山城で鍛えた体の成果を
試すためにモクモクと歩き始めること、5分。

・・・ゼーゼー

・・・フゥー、フゥ〜

すぐに汗びっしょりになり、足が上がらず、かなりへこみました。
前回も前々回もこんなに疲れた記憶がないので、昨日の山城攻略に体力の
ほとんどを費やしたのだとあらためて思い知らされました。
と同時に某の体力の限界を改めて認識。
2日連続山城登りにはまだまだ修行が足りませぬ(>_<)

かなり死ぬ思いで頂上に向かうこと20分。
頂上に無事到着しました。標高290mくらいなので、休まず登ればこれくらい
でしょうが、普通に登ったらやっぱり30分くらいでしょう。

景色は確かにすばらしいです。
まさに関が原が見渡せます。
遠眼鏡で戦況を見ていたら、東軍西軍のどちらかにつこうか悩むのも分かります。

ここでお昼を食べて、今回のテーマ新ルートを探すことに。
というのは、関が原から東軍の陣地に近いところから登るのですが、小早川秀秋公が
東軍に味方する際に、頂上から東軍側に降りるのではなくて、直接西軍の大谷軍の
陣所に攻め入った道がないのか疑問に思っていました。
ちょっと調べると「山中へ」という小さな看板が。
あとで下山してわかったのですが、山中という地区があり、ちょうど松尾山の頂上から
まっすぐ下に下りたところなのですが、ここからだと大谷軍の陣所まですぐで、
一緒に寝返った脇坂軍のすぐそばに出てきます(た、多分)。
多分、このルートから小早川軍は下ったのではないかと思いますが、ご存知の方が
いらっしゃったら教えてくださいませ。
そうでないと、東軍の方にそのまま降りたら、東軍を攻めているとおもうはずです
ので。

で、その細〜い道に行こうと思ったのですが、「山中へ」を「さんちゅうへ」と
勘違いした某は遭難するのが怖いのと、一人なので心細いなどの臆病な理由で
1個目のクモの巣を見た瞬間に撤退決定。
まだまだ忍者として一人前になれないことを痛感しました(−−)
*ご一緒にこの細い道を降りてくださる方募集中♪

松尾山を下山した後は、脇坂軍の陣所跡へ。
小早川軍が寝返ったあと、一緒に東軍に寝返って大谷軍に攻め入ったと
看板にありましたが、確かに頂上から小早川軍1万5千が来たら、寝返りたく
なる気持ちもわからないではありません。

自分ならどうするか考えるものがありました。

それから大谷軍の陣所跡に向かいました。
と、今回も長くなりましたので、一旦終了し、次回に続きます〜

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