皆さん、こんにちは。
霧隠です。

大和高取城攻略記〜二の門から岡口門、諸木台編〜です。
この高取城というのは、広大な城塞で、入口も「黒門、岡口門、吉野口門、
壷坂口門」の4つもあります。
今回の高取城攻めは、時間もあることなので、せっかくなので、全ての登城口を
攻略することにしました。

二の門から岡口門までは大体のんびり歩いて40分!
始めすぐに着くだろう〜とたかをくくっていたら、いけどもいけども堀切が
見つからない(縄張り図には岡口門そばに堀切のマークが)。

15分くらい歩いたところ、あ、あそこかも? という尾根道があり、なんだか
堀切っぽい感じが・・・
近くにはでっかい曲輪もあり、あたりには瓦が散乱していました。
ここに屋敷があったことが分かります。
高取城は江戸時代初期にことは、山の中にしっかり人が住んでいたようで、
この曲輪はあきらかに家臣団の屋敷跡だと思います。
発掘したら、礎石とかも見つかるかも〜
さらに、当時の食器や古銭なども見つかるかも〜
今後の調査が待たれます・・・でも、調査してくれるのだろうか。
後でわかりましたが、この曲輪は「横垣曲輪」でした。

この曲輪でたっぷり10分くらい楽しんだあと、やっぱりここじゃぁないのかも
と、まだ先に道がしっかりあるので、まだまだ下ることに。

この道にもところどころに石垣がはめこまれており、なかなかの風情が。
こんなにふんだんに石垣があるともぅ〜たまらんですたい(>_<)/

でも、まだまだ道は続き、堀切はどこにも現れない。
しかも、確実に山を降りている・・・

ん? ちっちゃいけど、堀切っぽい!
堀切の左右には立派な竪堀もあるはずだけど、これは、どうみても右側に竪堀が
ないなぁ。
でも、もう30分も歩いているのに、まだかいな、岡口門。

さらに、てくてく、とぼとぼと歩くこと、10分。
突如現れるすっげー石垣!

えっ! これ、これが岡口門跡?
す、すげかぁ〜

な、なんと、石垣で堀切を作ってしまっているのです!
(この表現でええのでしょうか? Nさん、Kさん、Kさん?)

つまり、普通の山城は尾根伝いに兵の移動が行なわれ、その途中にブツッと
でっかい穴をほり、移動を遮断するのが、堀切であり、その左右には竪堀が
続くのですが、この高取城の堀切は、尾根伝いの道が石垣で作られいるのです。

たぶん、板かなんかで通常時は城兵の移動が行なわれていたのでしょう。
しかし、素敵です。
石垣の堀切。
驚きました。

そのまま、せっかくなので、近くの「諸木台」へ、ゴー!
・・・いやぁ、楽しかったです、ハイ。

普段、誰もここまでこないのか、諸木台への登り道は完全にヤブに没しており、
ちょびっとためらいがちな口石さんを木下さんと大いに励まして、強引に登って
みました。

ガケを登って、草木をなぎ倒し、木の根っ子をつかみ、さらには倒木の上をはって
やっとの思いで上りきると、なかなか見事な曲輪が。
見張り台です。
なかなか景色もよく、隣の明日香村もよー見渡せます。

ここの発見は、いたるところにあるお墓です。
正直ビックリしました。
年号を見ると、「文政○○年」とかあるので、江戸後期1818年頃になります。
地元の農民のお墓なのか、それとも城内の武士のお墓なのか。
謎は深まります。
不思議だったのは、大姉という銘もあり、女性のお墓もありました。
・・・と、あんまりお墓の話をするのも暗くなるのでここらへんで。

さて、登る時にちょびっと難渋したこの諸木台。
同じ道を降りるのでは味気ないので、まっすぐ岡口門の方へ行こう!
と勝手気ままにまっすぐ降りてみました。
えらい目に合わせてしまい、まっことすみませんでしたm(_)m
>Kさん、Kさん♪
まぁまぁ、こいも修行の一つとあきらめて。

これで、攻略した門は、黒門と、岡口門。
残り2つも楽しみになってきました!

今回も長くなってしまいましたので、今日は一旦ここで終了いたします。
最後まで読んでくださり、ありがとうございますm(_)m

次回は、いよいよ「本丸 石垣! 石垣! 石垣!編」でござりまする。
では〜

その3へ


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