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戦国の風雲児〜織田信長一代記〜 第1号 「信長誕生」
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「おぎゃぁ!」
「生まれたか。」
「殿、元気な男の子ですぞ!」
「おぉ、そうか。でかしたぞ、奥よ。」
「これで織田家も安泰でございますな。して、お名前はいかがいたしますか。」
「うむ、そうだな。よし、吉法師と名づけよう。林、平手、青山、内藤、そち
ら4人を吉法師付の家老に命ずる。吉法師を織田家の名に恥じない立派な
武将に育ててくれよ。」
「はっ! かしこまりました。この平手、命に代えましても吉法師様を立派に
守り立てて参りまする。」
「うむ、頼むぞ。今は大和守様の三人の奉行の一人に過ぎないが、吉法師が元
服するまでには、この尾張を支配いたそうぞ!」
「おぉ!」
時は天文3年(1534年)5月。
尾張の国(現在の愛知県西部)は八郡に分かれており、上の4郡は織田伊勢守
信安が支配し、下の4郡は織田大和守達勝が支配していた。
大和守が支配していた下郡の清洲にすでに実権を失っている守護の武衛(ぶえ
い)(斯波義統)を置いていた。
そして、この大和守に仕えていた3人の奉行の一人が織田信長の父親、織田備
後守信秀である。
守護(斯波義統)−守護代(織田達勝)−奉行(織田信秀)という関係になる。
信秀は那古野(名古屋)に堅固な城を築き吉法師にさずけ、自らは古渡に城を
築き、そこを居城にした。
後の信長、吉法師は思うにまかせぬことも多かったが、毎日天王坊という寺に
行き、勉学に励んだ。
<参考文献>
ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
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*このページは信長公記との違いや、さらに詳細な説明が書かれています。
お時間に余裕がございましたら、ご覧ください。
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【信長の現在の領地】
尾張国那古屋城
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【新規登場武将】
織田信秀(信長の父)
武衛(斯波義統:尾張国の守護)
織田伊勢守(信安:尾張上4郡を支配する守護代)
織田大和守(達勝:尾張下4郡を支配する守護代)
林(通勝:信長の一番家老、後に信行擁立に動く、さらに後に追放される)
平手(政秀:信長の二番家老、お勝手勘定方、信秀死去後、信長をいさめるた
めに切腹自殺をする)