第26話 斎藤義竜の決起

 「父上、任官、ありがとうございました」

 「おぉ、喜平次か、今日からお前も一色右兵衛大輔だな」

 「はい、これも父上のお陰でございます」

 ここは美濃稲葉山城。
 斎藤道三には三人の息子がおり、長男新九郎(義竜)、次男、孫四郎、三男喜平 
 次といった。
 道三は、知恵の鏡がくもったのか、心がゆったりとして穏健な長男を愚か者と
 思い、次男や三男を利口者とかわいがった。

 「くっ、父上はわたしのことなどどうなってもいいとお思いか!」

 弟二人をかわいがる父を見続けてうんざりする新九郎。
 父にかわいがられているのをいいことに、兄をないがしろにしていく弟たち。

 「…このままでは、家臣たちがわたしのことをどう思うか分からない。わたし
  はどうすればいいのだ?」

 思い悩んだ新九郎は一計を考えた。
 
 時は弘治元年(1555)十月十三日、新九郎は仮病をよそおい、奥へ引きこもっ
 て床にふせっていた。

 十月二十二日。

 「新九郎様、山城道三様は稲葉山下の私宅へ下りていかれましたぞ」
 
 「…そうか、いよいよだな」

 「はい、後はこの隼人正にお任せを」

 「頼んだぞ、伯父上」

 ………………………………………

 「孫四郎様、喜平次様、新九郎様の使者として長井隼人正が来られています」

 「兄上がわたし達に何の用だろう?」

 「よし、こちらへ通せ」

 「かしこまりました」

 「どうしました、伯父上?」

 「新九郎様からの伝言でございます。自分は病重く死期を待つばかりであるか
  ら、お二人に直接お目にかかって一言申し上げたいことがあるとのことでご
  ざいます。」

 「兄上の具合はそれほど悪いものなのか?」

 「さようでございます。ですので、本当であればこちらから出向きたいところ
  ではありますが、お出でいただけないかということです」

 「兄上がそこまでわれわれに会いたいというのだ。喜平次、会いに行こうでは
  ないか」

 「そうですね。それでは参りましょう。伯父上、兄のいる場所へ案内していた
  だけますか」

 「かしこまりました」

 …………………………………………

 カチャカチャ。

 隼人正は、さりげなく次の間に刀を置いた。
 つられて、二人とも自分の刀を置いた。
 
 「こちらでございます」

 そういって二人を奥の間へ招いた。

 「よく来てくれた」

 「兄上、お体は大丈夫でございますか」

 「あぁ、何とかな。それよりこちらへ。盃を馳走いたそう」

 「かたじけのうございます」

 と、その瞬間、新九郎が日根野備中守に目配せをした。
 
 「ご免!」

 「な、何をするっ!」

 「兄上、だましたな!」

 「ふん、あの世で嘆くがいい」

 こうして弟二人を切り殺した新九郎はすぐに山下にいた父にそのことを知らせ
 た。

 「何っ! 孫四郎と喜平次が新九郎めに殺されたと! そのようなことがある
  はずがなかろう!」

 「誠でございます」

 「隼人正、おぬしが新九郎に入れ知恵をしたのかっ!」
 
 「すべては殿が新九郎様をないがしろにされたがため。新九郎様だけを責めら
  れませぬ」

 「黙れ、黙れ! よくもかわいい息子たちを殺しおったな。許さん。ほら貝を
  吹け! 兵を集めよ! 新九郎に目に物見せてくれるわ!」

 そういって息子二人の死を仰天しながら聞いた道三は、すぐさま町の四方から
 火を放ち、稲葉山城をはだか城にしてしまった。
 
 「まずは、長良川を越えて、大桑城へ向かえ!」

 翌、弘治二年(1556)四月十八日、道三は鶴山に移り、国中を眼下に見下ろす
 場所に布陣した。
 
 「お館様、舅である道三から援軍の依頼が来ております」

 「そうか、すぐに出兵だ!」

 「ははっ!」

 信長はかねてからの約束通り、木曽川、飛騨川を船で渡って、大良(たら)の
 戸島東蔵坊のつき、そこに着陣した。

 <参考文献>
 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)
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 【キリのコメント26】 

 *このページは信長公記との違いや、さらに詳細な説明が書かれています。
  お時間に余裕がございましたら、ご覧ください。

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