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戦国の風雲児〜織田信長一代記〜 第8号 2003年10月30日発行
「第8話 深田・松葉両城の奪回」
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「いいか、手はず通り一気に攻め立てるのだぞ」
「いよいよにっくき信長を追い落とす時期が来たな」
「あぁ、親父の信秀には遅れをとったが、あの大うつけに家臣を取りまとめる
力などあるまいて」
「そうだな、信秀にかわいがられていた山口左馬介にさえ裏切られているのだ
からな。今こそ好機だ」
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時は天文二十二年(1553)八月十五日。
場所は清洲城。
信秀によって権勢を奪われていた清洲衆が信長を失墜させるべく、坂井大膳、
坂井甚介、河尻与一(秀隆)、織田三位らが謀議を重ねていた。
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「お館様! 松葉、深田両城が清洲勢によって奪われました!」
「何! それで叔父上は大丈夫か?」
「はい、深田城にいた孫十郎殿(信秀の弟)は人質になってしまいました」
「そうか、よし、すぐに出陣だ! 皆の者に申し付けるのだ」
翌日、八月十六日の明け方には信長は那古野を立ち、稲庭地の川岸まで軍勢を
繰り出した。
「お館様、守山から孫三郎殿も駆けつけました」
「そうか、叔父上が来てくれたか。さっそく軍議をいたすぞ」
松葉口、三本木口、清洲口の三方へ手分けしてから、稲庭地の川を渡り、信長
と孫三郎は合流し、海津口へ攻めかかった。
清洲勢も城から30町ほど兵を動かし、海津という村へ移った。
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「かかれっ!」
明け方から進軍し、午前八時には火花を散らして激戦が始まった。
「われは孫三郎様の家臣、赤瀬清六なり。坂井甚介殿とお見受けする。尋常に
勝負!」
「わしと戦うなど片腹痛いわ。せいやっ!」
「グハッ!」
「あ、赤瀬やられたか。次はこの柴田権六が相手だ!」
「わしも助太刀するぞ!」
「中条殿か、かたじけない。甚介、覚悟! えいやぁ!」
「グ、グゥ…」
「坂井甚介、討ち取ったり!」
家老の坂井甚介が討ち取られ、清洲勢が撤退を始める。
ここで清洲勢は50騎あまり討ち取られた。
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松葉口へは20町ばかり進出し、とりでの外郭を囲み、敵兵を追い入れて、真
島の大門崎の行き止まりのところで敵が支えているところを、午前八時から正
午まで戦った。
数時間に渡る攻防で、清洲方に多数の負傷者が生じ、無人になって清洲城へ退
いて行った。
深田口の方面では、30町ほど進出し、三本木の町を囲んだ。
これといった要害のないところだったので、またたく間に敵を追い崩し、屈強
の侍、30余人を討ち取った。
「よし、今のうちに深田、松葉の両城へ軍勢を差し向けろ」
「かしこまりました」
こうして、両城ともに降参し、敵は城を明け渡し、清洲へ一手にまとまって撤
収した。
上総介はこれより清洲を封じ込め、田畑の作物を刈り取らせ、清洲勢との城の
取り合いが始まった。
<参考文献>
ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)
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*このページは信長公記との違いや、さらに詳細な説明が書かれています。
お時間に余裕がございましたら、ご覧ください。
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【宣教師から見た信長その5】
P101
「彼が愛好したものは、著名な茶の湯の器、良馬、刀剣、鷹狩りであり、目の
前で身分の高いものも低いものも裸で相撲を取らせることをはなはだ好ん
だ」
参考文献:「完訳フロイス日本史2 ルイス・フロイス 松田毅一・川崎桃太訳」
中公文庫