4.康熈通寶
銭名読み鋳造時期(西暦)鋳造局
康熈通寶こうきつうほう1662-1722泉/源/薊/東/臨/河/原/西/同/宣/陝/鞏/寧/江/
蘇/浙/南/福//臺/昌/廣/桂/雲/北



康熈通寶

康熈通寶は康煕帝(廟号:聖祖、諱:玄燁)の治世に鋳造された古銭です。康煕・雍正・乾隆の三代は清朝の全盛期でした。
  • 1678(康煕17) 「博学鴻詞科」を開いた。
  • 1679(康煕18) 「明史」編纂開始。
  • 1689(康煕28) ロシアとネルチンスク条約を結び外興安嶺山脈をもって国境と定めた。
  • 1710(康煕49) 字を214の部首と画数の順に配列する完備された辞書「康煕字典」の編纂が始まった。
康熈通寶の背には京局で用いられる「背満字」と、地方局で用いられる「背満漢字」とが有ります。
「北」「西」「鞏」は入手が難しいと思います。


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以下に画像等を用意して見ました。ご参照下さい。

注)鋳造局にと有るのは実際にはサンズイが付加されます。漢字が変換出来なかったのでやむなくこの漢字を当てました。

注)鋳造局には表示しませんでしたが、宝川局と言われる康熈銭もある様です。一説に民間私鋳とも言われますが、私見では有りますが、私自身としては宝源局異体字と見ています。実物が無いので確定的発言は控えます。


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