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「私は告白する」 |
| 私は告白する 1952・米 |
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![]() 監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:ポール・アンセルメ 脚色:ジョージ・タボリ ウイリアム・アーチボルド 撮影:ロバート・バークス 音楽:ディミトリ・ティオムキン 出演:モンゴメリー・クリフト アン・バクスター カール・マルデン ブライアン・エイハーン O・E・ハッセ ドリー・ハース ロジャー・ダン シャルル・アンドレ オヴィラ・ルガール ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
物語 マイケル・ローガン神父(モンゴメリー・クリフト)はカナダのケベックにあるセント・メアリー教会に勤める若い神父である。 ある夜11時半頃2階の窓から下を眺めていると僧衣を纏った男があたりをはばかるように教会に入ってきた。ローガンが階下へ行くとケラー(O・E・ハッセ)が苦悩にゆがんだ表情でうずくまっている。 ケラーは妻のアルマ(ドリー・ハース)と共にローガンの取り計らいで教会の雑役をするために半年まえから教会に住み込んでいる男だった。 ローガンは訳ありのケラーを懺悔室に呼んで告白を聞いてやった。 「私は人を殺しました。弁護士のヴィレット(オヴィラ・ルガール)を殺しました」 ケラーの告白を聞いたローガンは驚愕した。 ケラーはヴィレット弁護士の家の庭師も兼ねていたのだが金が入用になったので僧衣に変装してヴィレットの家に押し入り見つかって騒がれたので鈍器で頭を殴り殺してしまったのだった。 ローガンは神父という立場上、懺悔の内容はたとえ殺人であっても他言することはできない。ケラーはローガン神父に懺悔した後、妻のアルマにも告白した。アルマはうろたえた。だがケラーは神父に懺悔したことで神の許しを得たとばかりに翌朝、ヴィレットの家に庭師の仕事をするため出かけていった。 ローガンもヴィレット家へ行った。実はヴィレットに会うつもりだったのだ。ヴィレット家の回りは既に人だかりの山だ。ヴィレットの死体が発見され、第一発見者はケラーだった。ローガンはそこで女性と会った。そこで立ち話をしているのをラルー警部(カール・マルデン)が疑惑の眼差しで見つめる。 一方ケラーはローガンが現れたのを見て激しい不安に襲われた。神父は懺悔を聞いてくれたのだから警察に言うはずがない。神の替わりに聞いてくれたのだから。それとも警察に報告してしまうだろうか。そうなれば自分は吊るされる。 ラルー警部は昨夜、ヴィレット家から僧衣を纏った男が出てくるのを見たという二人の女学生の証言を得ていた。さっそく神父たちのアリバイを調べた。その結果、ローガンにはアリバイが無く、しかもその朝ヴィレット家にいたということが疑惑の対象になった。 ローガンは召喚された。ラルー警部の質問にローガンは答えない。何故その朝ヴィレットの家に言ったのか。家の前で会った女は誰なのか。ローガンはノーコメントを崩そうとしない。一旦ローガンは釈放された。 その夜、ロバートスン検事(ブライアン・エイハーン)はピエール・グランフォール議員(ロジャー・ダン)の家で開かれたパーティに招かれ余興に興じていた。その時ラルー警部から電話が入りローガン神父があやしいと報告を受けた。ロバートスンが一同にそのことを話すと議員夫人のルース(アン・バクスター)の顔が青ざめた。朝、ヴィレット家の前でローガンと会ったのはルースだったのである。 ルースはパーティが終わるとローガンに電話し、明日会いたいと約束を取り付ける。 翌朝、ローガンとルースはフェリーの上で落ち合った。ルースは全てを警察に話そうと持ちかけたがローガンはそれぞれの社会的な立場を考えてそれに反対した。ローガンは刑事達の監視の中にあってルースの身元も割れた。 ラルー警部はルースを出頭させた。夫のグランフォール議員も同行した。 「事件の夜、ローガン神父は私と一緒でした」 ルースはラルー警部、ロバートスン検事、そしてローガンの前でローガンのアリバイを証明するため二人の秘密を話し始めた。
ローガンは公判にふされる事になった。ローガンの鞄の中に血のついた僧衣があったり(それはケラーが意図的に隠した)、ケラーは証言台でローガンに不利な証言をしたが決め手になるものではなかった。その間ケラーの妻アルマは罪に慄き震えていた。 「証拠不十分で、無罪です」 陪審員の評決は無罪だった。ローガンは放免された。 釈放されたローガンが罵声を浴びせる人波をぬって法廷を出ると、ケラーの妻アルマがたまりかねたように真犯人は夫であると言おうと追いかける。その時、ケラーのピストルは妻を撃っていた。アルマはローガンの腕の中で息絶えた。 ケラーは向かいのホテルに逃げ込みコック長を撃った。駆けつけたラルー警部の指揮する警官隊と対峙したケラーは自暴自棄になり叫ぶ。 「ローガン!やはりお前は臆病者だ!俺の懺悔を話したんだな。吊るされるのが怖かったんだな!」 ラルー警部は真犯人の告白をその耳で聞いた。前に出るローガン。ケラーに向かって歩いていく。ケラーのピストルがローガンに向けられた。だが、警官の銃弾がケラーを撃ち抜くのが早かった。ケラーはローガンの見守る中死んでいった。 |
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| 映画館主から サスペンス映画の神様アルフレッド・ヒッチコック監督の異色作。 神父は懺悔を受けた内容を誰にも他言してはならない、というのが主人公の足枷に用意されています。そのために主人公の神父は身代わりに殺人犯の汚名を着せられ裁判を受けるはめに陥ります。 誰にも身の潔白を話す事が出来ず悶々と苦悩する神父をモンゴメリー・クリフトが好演。もとより暗い陰性の顔立ちの彼にピッタリの配役でした。 その恋人に「イヴの総て」(’50年、監督:ジョセフ・L・マンキーウィッツ」、「十戒」(’56年、監督:セシル・B・デミル)、のアン・バクスター。そして神父を追い詰める警部に「波止場」(’54年、監督:エリア・カザン)のカール・マルデンと適材適所の俳優陣。 しかし、いくら神父といえども殺人の罪を身代わりに被ってしまうというのは首を傾げたくなる気もします。 これは当時の批評家や観客の多くが批評していたそうですが、カトリックというのはかなり厳粛らしいのです。 そしてラスト近くで真犯人のケラーが裁判後の神父を追っていく妻を銃撃してしまうのも、逃げたケラーが警官隊に囲まれた時に真相を叫んでしまうのも、何かご都合主義的な締めくくりに思えて仕方ありません。 主人公が真犯人の身代わりになって追われるというパターンは他の多くのヒッチコック作品に共通するパターンです。 ヒッチコックは本作の一番の欠陥はストーリーにユーモア性が欠如していることだと語っています。 参考文献:「ヒッチコックを読む」 フィルムアート社 |
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