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ベトナムに関するキーワードを簡単に説明することを目的とした、ベトナム極小事典です。ちょっと知りたい言葉や単語を簡単に探す事が出来たら便利と考えて造っています。随時更新してゆく予定でいます。

<省別の観光地一覧はこちら:北部中部南部


<あ行>
青いパパイヤの香り:フランス在住のベトナム人映画監督トランアンユ(Tran Anh Hung)氏による古き良き時代のベトナムを描いた映画。1993年のカンヌ映画祭で新人賞を獲得。ちなみに青いパパイヤは実を千切にしてサラダに使用する食材。


アオザイ(Ao Dai):ベトナムの民族衣装。アオは衣装の意味、ザイは長いを意味する。チャイニーズ風の長いジャケットに、下はゆったりとしたパンツを着用する。女子学生は白いアオザイを着用、会社員でもアオザイを着用している女性が多く、現在の生活に定着している衣装といえる。男性用のアオザイもあるが、冠婚葬祭などで着られる程度である。
アオザイの始まりは、グエン王朝の時代に中国の清王朝の官人の朝服を簡略化したものがアオザイと呼ばれ、それが一般の人に広がったのが始まり。その後1930年ころにハノイの美術家たちによる服装改良運動によって、布地のパターンやカット方法を改良しシルエットを現在の形に変えた。


アンジャン省(AN GIANG):ベトナム南部の省。人口約2百万人。省都はロンスエン(Long Xuyen)。西側にカンボジアとの国境、東はカントー、南にキエンザン省に接する。ホーチミン市から190kmの距離にある。
省別地図


安南<アンナン>(An Nam):ベトナムに対する旧称。中国に支配されていた時代に、中国から呼ばれていた名称。特にフランス統治時代はベトナム中部を指してアンナンと呼ばれるようになった。


インドシナ:インドシナ半島といえば中国とインドに挟まれた、南シナ海へ突き出した半島(ベトナム、ラオス、タイ、カンボジア、ミャンマー)を指す。単にインドシナといえば、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの4カ国をさす事が多い。


インドシナ難民:1975年のベトナム戦争終結とインドシナ地帯の共産化によって、アメリカに荷担していた人々が弾圧を受け、国外へ脱出した人々をインドシナ難民と呼ぶ。→インドシナ難民とは


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カインホア省(Khanh Hoa):中部海岸沿いの観光都市。人口約100万人。省都はニャチャン(Nha Trang)。ニャチャンビーチとカムラン湾が有名。→
ニャチャン案内省別地図


カインリー(Khanh Ly):ベトナム北部出身の国民的歌手。1945年生まれ。1960年にダラットのダンスホールで作曲家のチンコンソンに見出されてデビュー。1960年代チンコンソンと組んで次々とヒット曲を出した。1975年のサイゴン陥落直前にアメリカへ亡命、現在カリフォルニアを中心に活躍している。→オフィシャルサイト


カオダイ経(Cao Dai):1926年ベトナム南部のタイニン省でレバンチュンによって造られた宗教。キリスト教、老子、釈尊などの教義を取り混ぜて、自ら高台(カオダイ)と称した。現在もベトナムで存続している。


カオバン省(Cao Bang):ベトナム北部の山岳地帯の省。人口約60万人。省都はカオバン(Cao Bang)。中国と国境を接する町。省の90%は山岳地帯の森林になる。→省別地図 Cao Bang 省の公式サイト


カフェ(Ca phe):ホットコーヒーをカフェ・ノンといいアイスコーヒーをカフェ・ダーとよぶ。どちらも小さな透明ガラスコップの上に、金属のドリップを置いてコーヒーを抽出し、アイスコーヒーの場合は砂糖を入れてから、氷の入った大きなグラスに移し変えて飲む。かなり濃い目なので要注意。→ベトナム料理の勧め


枯葉剤:1960〜69年の10年間にわたって、ジャングルに潜む「南ベトナム解放戦線」に対して、空中から枯葉剤をまいて植物を絶滅させてジャングルと食料を枯渇させる作戦が取られた。枯葉剤1トンにつき50グラムのダイオキシンが含まれている。このダイオキシンはほんの少量だけで殺人やガン、異常出産などの原因になる。現在でもベトナムではこの枯葉剤の影響が残っており、異常出産などが続いている。→ベトちゃん、ドクちゃん


カントー省(Can Tho):ベトナム南部、メコン川流域の省。人口約180万人。省都はカントー(Cna Tho)。省都のカントーは南ベトナム最大の町。農業と漁業が主な産業。→メコン川への旅省別地図


キエンジャン省(Kien Giang):南部ベトナムのカンボジアとの国境の町。人口約130万人。省都はラックジャ(Rach Gia)。国境の町ハーティエンとフーコック島は観光名所。省の主な産業は農業と漁業。→フーコック島とハティエン省別地図


クアンガイ省(Quang Ngai):中部ベトナムのダナンのあるクアンナム省の南に隣接する省。人口約120万人。省都はクアンガイ(Quan Ngai)。海岸に接する省でサーフィン文化の発掘で有名な、Sa Huynhビーチがある。→省別地図 Quang Ngai 省の公式サイト


クアンチ省(Quang Tri):ベトナム中北部の省。人口は約55万人。省都はドンハ(Dona Ha)。1824年にMinh Mang帝によって造られたクアンチ要塞が観光になっている。→省別地図


クアンナム省(Quang Nam):中部ベトナムの海岸沿いの省。人口約190万人。省都ダナン。古代の町並みの残るホイアンや、Ngu Hanh Son (大理石山)、Non Nuocビーチなどの観光地がある。→省別地図 Quang Nam 省の公式サイト


クアンニン省(Quang Ninh):北部ベトナムの中国に国境を接する省。人口約90万人。省都はハロン(Ha Long)。世界遺産に指定されたハロン湾がある省。→省別地図 Quang Ninh 省の公式サイト


クアンビン省(Quang Binh)ベトナム中北部の省。人口約77万人。省都はドンホイ(Dong Hoi)。ベトナムの洞窟中で一番きれいと言われるPhong Nha洞窟や、百万羽のかもめが生息するバードアイランドなどがある。→省別地図 Quang Binh 省の公式サイト

クアンホー(quan ho):ベトナム北部のBac Ninh省の民謡。恋愛歌。クアンホーの歌祭りがあり、村の男女が掛け合いで歌い合い勝敗を決める。


グエン王朝:(1802〜1945)ベトナム最後の王朝。首都はフエにおかれた。初代皇帝グエンフックアイン(在位1802〜1819)が外国勢の助けを借りて全国統一し王朝を開く。2代皇帝ミンマン帝(1820〜1841)、3代皇帝テェウチ皇帝(1841〜1847)、4代皇帝トゥドゥック帝(1847〜1883)、8代皇帝ハムギ帝はフランスへ反乱を起こして失敗、アルジェリアへ流刑になる、13代皇帝バオダイ帝(1926〜1945)で終焉する。


ゲアン省(Nghe An):北部ベトナムと中部ベトナムの接点に位置する。人口はおよそ270万人。省都はビン市(Vinh)。美しい海岸とパインツリーの林で有名なクアロビーチ(Cua Lo)がある。→省別地図


結婚式:ベトナムの結婚式には親戚一同とごくごく親しい友人が出席します。双方の家で結婚の儀式を行います。披露宴は双方の親族と友人知人など100〜200人もの出席者を呼んで執り行います。テト前の吉日に行うのが良いとされています。→ベトナム人の結婚と結婚式


ゴクェン(呉権):(897〜944)938年に南漢軍をバクダン川(白藤川)で破り、ベトナムを中国から独立させた。呉王と称し呉朝は939〜967年の間続いた。


コーチシナ(Cochin Chine):ポルトガル人が植民地としていたインドのコーチンに対して、ベトナムをシナのコーチンと読んだことから来たベトナムの名称。特にフランス統治時代は、ベトナム南部をコーチシナとよび、中部をアンナンと呼んだ。


コム・ガー(Com ga):コムはご飯のこと、ガーはニワトリのこと。ローストしたチキンか、ボイルしたチキンと、チキンスープで炊き揚げたご飯と一緒に食べる料理。サイゴンには沢山のコムガーレストランがあって、市民に人気がある。


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サイゴン(Saigon):ベトナム南部の中心都市。現在はホーチミン市と呼ばれている。→
サイゴンのプロフィール


サーフィン文化(Sa Huynh):紀元前2〜後2世紀を中心とする文化。1923年にベトナムのクアンガイ省サーフィンの海岸で発掘調査された。西はトレサップ岬から中部タイ、東はフィリッピンにかけて広がっていた文化。特徴は石、ガラス、土器などの装身具に文化の特徴がある。


シクロ(Xich Lo):自転車の前に人が乗るワゴンを取り付けた,自転車タクシー。お客が前に乗るタイプで、大人なら2〜3人子供なら5〜6人乗せて走ることもある。市場で買い物をして、沢山の買い物品を一緒に乗せて自宅まで帰る姿を良く見かける。乗る前に値段交渉が必要。


祝日、祭日:→ベトナムのプロファイルを参照


ジャライ省(Gia Lai):中部ベトナムの山岳地帯の省。人口約80万人。省都はプレク(Pleiku)。標高平均800mの高さにある県。ダックラック省の隣県で、キン族のほかにエスニックのジャライ族、バナ族などが多く暮らしている。→省別地図 Gialai 省の公式サイト


少数民族:ベトナムには現在認められているだけで54の民族がある。一番数が多く主流を占めるのはキン族である。ベトナムはその成り立ちからもともと北部のキン族が南に住んでいたクメール族やチャム族と戦いながら領土を獲得していったわけで、それらの追われた人々が個々に山岳部に村落を形成して少数民族となったり、もともと山岳地帯に住んでいた部族の領土を捕りこんだりした事により、多数の少数民族が国内に分布するようになったと考えられる。


シルクの刺繍:ベトナムの伝統的な手工芸品。ひとさしづつ自然染料で染めた糸で縫ってゆき、デザイン絵画などを刺繍して行く。→シルクの刺繍


人民委員会:ベトナムの行政組織。省単位、地区、区、部落、村、それぞれの単位ごとの人民委員会は日本で言う市役所や村役場に相当する。人民委員会の委員長は各単位の人民議会で選ばれ、委員長が副委員長や農業委員会、計画委員会、etc.などの各委員を任命する。


シンカフェ(Sinh Cafe):サイゴンのデタム通りにある格安ツアーや各種鉄道バスなどの手配をしてくれる、旅行代理店。昔から日本人のバックパッカーなどに人気のある老舗。日本人のスタッフもいます。De Tam通り246番地。


水上人形劇:水上に出した人形を操って行うベトナムの伝統的な人形劇。操るための棒を水中にかくして、操る人間は幕の後ろで水につかりながら操る。ハノイのホアンキム湖やサイゴンの動植物園のどのステージが有名。


政府組織:大統領はベトナム国会によって選挙で選ばれる。大統領は首相を指名し、国会で承認される。副首相は首相によって指名され国会で承認される。国会議員は450席。政党は共産党が92%でのこりの8%も共産党の推薦によって立候補した議員で占められる。→ベトナムプロファイル


像の耳:メコンデルタで捕れる淡水魚。丸ごと油で揚げて、ライスペーパーでくるんで食べる。ミトーなどで名物料理になっている。料理名はカー・タイ・トーン(Ca tai tuong)と呼ぶ。


ソンミ事件(Son My):ベトナム戦争中の1968年3月16日、クアンガイ省ソンミ村をアメリカ軍の小隊がヘリコプターで襲撃し、無防備の老人、女性、子供などの村人まで殺戮した事件。69年に現場にいた兵士の内部告発でこの事件が明るみに出た。


ソンラ省(Son La):ラオスと国境を接する北部ベトナムの省。人口は約82万人。省都はソンラ(Son La)。→省別地図


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タイニン省(Tay Ninh):ベトナム南部でカンボジアと国境を接する省。人口は約90万人。省都はタイニン(Tay Ninh)。ブラックレディーマウンテンが観光地になっている。→
省別地図 Tay Ninh 省の公式サイト


タインホア省(Thanh Hoa):北部ベトナムの東はトンキン湾、西はラオスに国境を接する省。人口は約340万人。省都はタインホア(Thanh Hoa)。古代ドーソン文明の発掘で有名な場所。またSam Sonビーチはインドシナ時代のリゾート海岸として有名。→省別地図


ダックラク省(Dac Lac):中部ベトナムの山岳部のある省。人口約120万人。省都はブンメトー(Buon Ma Thuot)。エスニックの少数民族が多く見られる。フルーツ畑、ゴムのプランテーション、コーヒー園などが点在する→省別地図


ダナン市(Da Nang):中部ベトナムで一番大きな都市。人口約200万人。→ベトナム中部、フエ,ダナン ダナン市の公式サイト


チャンパ王国:中部ベトナムで紀元137年から14世紀にかけて栄えたチャム族による王国。→チャンパの歴史チャンパの遺跡


チョロン:ホーチミン市の西5〜6区にある中華街。ビンタイ市場を中心にして、商業および遊興の場所として市民に親しまれている。→サイゴンのプロフィールチョロン市場の風景


チンコンソン(Trinh Cong Son):ベトナムの国民的作曲家。1939年フエにて誕生。1960年代には女性歌手カインリーと出会ってから次々とヒット曲を出して、国民的作曲家となった。


チェー(Che):ベトナム式のあんみつのような甘味のデザート。寒天などの中に入れる具材によって様々な種類のチェーを楽しめる。ベトナムの女性や子供の大好物です。


ティエンジャン省(Tien Giang):ベトナム南部メコンデルタの省。人口は約160万人。省都はミトー(My Tho)。メコン川クルージングで有名なミトーのある省。→省別地図ミトー一日観光フォトツアー


ディン・ボ・リン(ディン・ティン・ホアン):(924〜979)中国から独立した呉王朝が短命で滅んだ後に、12人の豪族がベトナムで覇を競い合う中、ホアルーを本拠としたディンボリンが国内を平定した。ディン朝(丁朝)をたて、968〜980まで2代皇帝が続く。死後ディン・ティン・ホアン(丁先皇)の名前を贈られる。


テト(Tet):旧暦の正月。新暦で言うと1〜2月くらいにあたる。現在もベトナムは旧正月のテトを盛大に祝う。新暦の1月1日はあまり大切な意味を持たないが、旧暦のテトは市民生活にとって大変重要な日である。→ベトナムの祭りテトの花市


ドイモイ政策(Doi Moi):1986年に制定されたドイモイ政策(Renovation)は、ベトナム政府の方針を、経済の刷新とそのために海外からの投資を積極的に呼びこむという、ベトナム経済を実質的に向上させる方向に政策を転換させました。その結果として1991年から97年までの間のGDPの平均成長率は毎年8.5%にまで達しました。


トゥアティエンフエ省(Thua Thien Hue):ベトナム中部の省。人口は約100万人。省都はフエ(Hue)。グェン王朝の古都フエのある省。→省別地図ベトナム中部、フエ,ダナン


トゥエンクアン省(Tuyen Quang):北部ベトナムの山岳地帯の省。人口約65万人。省都はトゥエンクアン(Tuyen Quang)。2000メートルを超える山が点在する省。→省別地図


統一会堂(Hoi Truong Thong Nhat):旧南ベトナム大統領官邸。現在は公賓を迎えるときに利用されるほかは一般に公開さている。→サイゴン観光スポット統一会堂フォトツアー


ドン(Dong):ベトナム通貨の単位。2002年3月のレートはアメリカドル1ドルに対して15,135ベトナムドン。80年代は急激なインフレでドルに対するドンの価値は下落していたが、90年代後半からは少し落ち着いてきている。


ドンズー運動(東遊運動):19世紀後半、フランス植民地となったベトナムで、反抗運動の新党「維新会」が結成された。同党のファン・ボイ・チャウが日本へ来日した。そしてベトナム国内の青年に向かって日本へ留学し日本の先進技術を学ぶように呼びかけた。これがドンズー運動と呼ばれた。200人あまりのベトナム人青年が香港などの国名を語って日本へ密入国し、日本の大学で軍事技術などを勉強した。
フランスは日仏協定をたてに日本政府へベトナム人留学生を取り締まるように迫り、1909年にはほとんどのベトナム人青年は日本を離れた。


ドンナイ省(Dong Nai):ホーチミン市の隣県。人口約200万人。省都はビエンホワ(Bien Hoa)。近年、外資(日本とタイ)によって工業団地が出来て、産業が盛んになってきている。→省別地図 Dong Nai 省の公式サイト


ドンホー版画ベトナム北部のバクニン省ドンホー村に古来からつたわる伝統版画。正月の飾りに使用される。ベトナムの風物や生活を描いてあり、漢字も使用されている。


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ナムハ省(Nam Ha):北部ベトナムの省。人口約250万人。省都はナムディン(Nam Dinh)。トンキン湾に接する海岸のある省。チャンフンダオ帝の遺跡が残るTuc Mac村が観光スポット。→
省別地図


日本人町:16世紀の終わりから1636年の江戸幕府の鎖国令発布までの間に、朱印船による東南アジアとの交易が盛んに行われた時代、交易する土地に残り、その地域に日本人だけの集落を作った事から日本人町は始まった。ベトナムのホイアン、ダナン、タイのアユタヤ、ルソン島のディラオとサンミゲル、カンボジアのプノンペンとピニャールーなどがあった。1636年の江戸幕府の鎖国令以降は新しい日本人は訪れなくなり、また現地の日本人は日本へ帰れなくなり、現地の住民の中へ自然ととけ込んで行き消滅してしまった。


ニントゥアン省(Ninh Thuan):中部ベトナムの海岸沿いの省。人口約46万人。省都はファンラン・タップチャム(Phan Rang−Thap Cham)。白い砂浜で有名なNinh Chuビーチや、チャンパの遺跡のPo Klong Garai タワーがある。→省別地図


ニンビン省(Ninh Binh):北部ベトナムの省。人口約84万人。省都はニンビン(Ninh Binh)。968〜1009年にディンティンホアン(Dinh Tien Hoang)王(ディンボリンとも呼ばれる)がベトナムを独立させて治めたときに首都としたホアルー(Hoa Lu)がある。→省別地図


ヌックマム(Nuoc mam):小魚を干してから樽につけて、数年間かけてエキスを取り出した、魚から造った醤油(魚醤)。ベトナム料理にかかせない重要な調味料のひとつ。→ベトナム料理の勧め



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ハイバーチュン<チュン姉妹>(Hai Ba Trung):紀元40年ころ、中国に支配されていたベトナム北部の将軍、詩索の婦人とその妹。主人を中国の太守の横暴によって殺され、チュン姉妹が反乱軍を起こしベトナムから中国軍を追い払った。しかし、独立は3年だけしか持たなかった。


バインセオ(Banh xeo):ベトナム式薄焼きお好み焼き。しかしながら食べ方は日本式と違って、野菜で巻いてヌックマムをつけて食べる。代表的なベトナム料理のひとつ。→
ベトナム料理の勧め


バインミー(Banh mi):ベトナム式サンドイッチ。日本で言えばサブウェイのサンドのようなタイプ。固めのフランスパンにソーセージ、ポークパテ、野菜類をはさむ。使用する素材、醤油や香辛料に店毎の味が出る。道端の屋台で買って食べるのが美味しい食べ方。


ハイフォン市(Hai Phon):北部の重要な港を擁する都市。人口約160万人。ドーソン海岸などの観光地もある。→ハノイ・ハイフォン


バクソン文化(Bac Son):ハノイの北東に位置するバクソン山地の岩洞窟遺跡から発見された遺物から名づけられた。中石器〜新石器時代初期の文化。インドシナ半島全体に分布しているわけではないので、ホアビン文化のベトナムでの後期文化と考えられている。→ホアビン文化


ハタイ省(Ha Tay):ハノイの西隣の省。人口約230万人。省都はハドン(Ha Dong)。ハノイの隣県で観光客が比較的アプローチしやすい場所にあり、Dong Moゴルフコースや有名なHuong寺院などがある。→省別地図


ハティン省(Ha Thin):中北部の海岸沿いの省。人口約130万人。省都はハティン(Ha Thin)。→省別地図


バッチャン(Bat Trang):バッチャン焼きで有名なハノイ近郊の村。伝統的な陶磁器工芸の村で、観光客に窯や工房を見学させてくれる。シンプルなバッチャン焼きのデザインは外国人に人気がある。
古くからこの地方では輸出用に陶磁器が作られてきた。古くから日本ではベトナムからの輸入陶磁器を安南焼きと呼んでいました。
主な陶磁器の種類:
 ①赤、緑、黄の色絵筆で花や鳥とんぼなどを描いた伝統絵柄のもの
 ②青磁(セラドン焼き)。美しい青緑に染まったもの
 ③白磁。真っ白な磁器。カーブのデザインが美しい。
 ④安南染め。白磁の釉下にコバルトで青く絵付けをしたもの。


羽根けり: ベトナムの子供から大人まで楽しんでいる遊び。羽子板の羽根のようなものを足でけり合って、下に落とさないようにする遊び。DA CAU(ダーカウ)と呼ばれいる。中国大陸や韓国でも同様の遊びがある。


ハバック省(Ha Bac):北部のレッドリバーデルタ地帯の省。人口約220万人。省都はバックジャン(Bac Ginag)。ハノイの東隣の県。→省別地図


バームイラム(ba muoi nam):バームイラムとは日本語言うと「助平な人」という俗語。バームイラムは数字で35を意味する。どう言うわけかベトナムでは35歳は助平な人の代名詞になっている。同義語でジェー(de)(やぎのこと)というのも使われる。


春巻き(Cha Gio/Goi cuon):ベトナムの代表的料理のひとつ。ひき肉と春雨を入れてライスペーパーで巻いて油で揚げた、揚げ春巻き(Cha Gio)と、海老や野菜、ビーフンを入れてライスペーパーでまいた生春巻き(Goi cuon)がある。


バリア−ブンタウ省(Ba Ria−Vung Tau):南部ベトナムのホーチミン市に隣接する省。人口約66万人。省都はブンタウ(Vung Tau)。ビジネスでは石油開発の基地として、観光は海水浴場として有名。→ブンタウ省別地図


ビヤホイ:庶民のためのビヤホール。ビールをコップ一杯20円程度で楽しめる。通常ビールを頼むと、ビンではなく樽やピッチャーで出てくる。夕方の5時過ぎから男性のグループでにぎわう。おつまみも結構美味しいく、あまり日本人に知られていない掘り出し物の料理が楽しめる。


ビヤオム:ビールと女性を楽しむベトナムの風俗店。ビヤはビールの意味、オムは抱くという意味で、ビールを飲みながら片手で女性を抱くという趣旨の店。法律で禁止されているので、公安につかまることもあり。


ビンディン省(Binh Cinh):ベトナム中部の省。人口約140万人。省都はクィニョン(Qui Nhon)。クィニョン市は海岸沿いの町で漁業や海水浴の観光などの産業が主である→省別地図


ビントゥアン省(Binh Thuan):ベトナム中南部の海岸沿いの省。人口約90万人。省都はビントゥアン(Binh Thuan)。ブンタウの北隣に位置し、観光で有名なファンティット‐ムイネがある省。→ファンティエット、ムイネ省別地図


ビンフー省(Vinh Phu):ハノイの北に隣接する省。人口は約220万人。省都はベトチー(Viet Tri)。ベトナムの伝説の王様、雄王(Hung)を祭る寺院が有名。→省別地図


フエ(Hue):中部ベトナムの海岸沿いの町。グエン朝時代の首都。人口100万人。→ベトナム中部、フエ,ダナン


フーエン省(Phu Yen)中部ベトナムの海岸沿いの省。人口73万人。省都はトゥイホア(Tuy Hoa)。海水浴のLong Thuyビーチや、小島の点在するVung Roなどが観光スポットになっている。→省別地図 Phu Yen 省の公式サイト


フーコック島(Phu Quoc):ベトナム南部キエンザン省に属する島。カンボジアに近い場所にあり。一番近い海岸線までは15Km。1939年フランス領だったときに、カンボジアとベトナムの国境線が引かれ、正式にベトナム領となった。ヌックマムや黒コショウなどの産地として有名。美しい海岸はリゾート地としても有名。→フーコック島案内


フォー(Pho):米の麺で作ったベトナムのうどん。フォーのスープは豚の骨やいくつかの香采を使って作られるが、長時間煮込んだものでなくては本格的なフォーの味が出ない。そのため一般にファーは店や屋台で食べるのが普通。→ベトナム料理の勧め


フォングーラオ通り(Pham Ngu Lao):サイゴンのフォングーラオ通りとデタム通り(De Tham)はバックパッカーの集まる有名な場所。有名なシンカフェもここにある。日本食レストランおしんは日本人が集まるので情報を得やすい。


フンブン<雄王>(Huong Vuong):紀元前2880年にベトナムに文郎国を設立した伝説のキング。様々な伝説を残し現在の市民生活の中に生きているベトナムのヒーローの一人。→ベトナム歴史概説生活の中の伝説


ベトナム<越南>(Viet Nam):インドシナ半島東海岸を占める場所にあり、国土も人口も丁度日本の7割程度の規模。社会主義体制国家。→ベトナムプロファイル


ベトキュー<越僑>(Viet Kiew):1975年のベトナム戦争終結とインドシナ地帯の共産化によって国外へ逃れたベトナム人を指す。1979年に海外脱出のピークを迎え、90年代に入ってからはおさまった。現在アメリカの100万人をはじめ、日本に1万人、全世界で300万人いる。ドイモイ政策によって、海外で成功したベトキューたちがベトナムへ戻って投資を行えるようになった。


ベトちゃんドクチャン:1981年2月25日中部高原地帯のジャライ省で生まれる。アメリカ軍のまいた枯葉剤の影響で双子の兄弟の体がつながったままで生まれた。出産後ハノイのドイツベトナム友好病院へ移され、病院の名前にちなんでベト(越)ドク(独)と名づけられた。82年からホーチミン市のトゥーズー病院に移った。86年には病気が重くなったために東京の日赤病院で治療を受けた。その後トゥーズー病院で体の分離手術を受け成功した。現在も二人とも同病院で暮らしている。


ベンチェ省(Ben Tre):ベトナム南部メコンデルタの省。人口約135万人。省都はベンチェ(Ben Che)。ミトーの隣県。メコン川が南シナ海へ出る河口の省。→省別地図


ホアビン省(Hoa Binh):ハノイから西南へ70kmの場所にある。人口約75万人。省都はホアビン(Hoa Binh)。エスニック少数民族のムン族(Muong)、タイ族(Thai)、ダオ族(Dao)などが暮らしている。→省別地図


ホアビン文化(Hoa Binh):インドシナ半島を中心に広がる石器時代の文化。BC1万年〜BC5千年くらいとされる。フランスの考古学者コラニによってハノイ南西部のホアビン地方で調査発掘されたので、ホアビン文化と名づけられた。


ホーチミン(Ho Chi Minh):(1890〜1969)ベトナム独立運動のリーダー。1890年ケアン省キムリン村で生まれたとされている。本名グエン・タツ・タイン。1939年にベトナム共産党を結成した中心人物。1945年にベトナム民主共和国臨時政府を樹立し9月2日に独立宣言を行った。
「幼名 Nguyen Sinh Cung(グエン・シン・クン)で、母親の死後、母親の故郷で暮らしていたが、父親が『副榜』に合格し、科挙試験高位合格者に対する儀礼で家などが村から父親に与えられ、一緒に暮らすようになった時に、新しく Nguyen Tat Thanh(グエン・タット・タイン)という名前が与えられた。その後、フランスで共産主義に出会い、活動家として Nguyen Ai Quoc(グエン・アイ・クォック)を名乗り、日本が敗戦し、一旦、独立を宣言した時、アメリカの支持を得る目的で、共産主義者として名高かった Nguyen Ai Quoc から、Ho Chi Minh と改名した。(補足:Hoangさん)」



ホーチミン市(Hochiminh):ベトナム南部の中心都市。75年のベトナム戦争終結以前はサイゴンと呼ばれていた。→サイゴンのプロフィール ホーチミン市の公式サイト


ホ・ビ・ロ(Hot Vit Lon):アヒルの有精卵を孵化する直前にゆで卵にしたもの。お酒のつまみや、子供のおやつ、また産後の精をつけるためにも食べられたりします。ゆでたてで食べないと、必ずお腹をこわします。味はゆで卵と焼き鳥の中間。


ホンダ:ベトナムの市民の足。ベトナムでは自動車は関税が高すぎて庶民の手には届かないので、オートバイがそのかわりに使用されている。使用されているオートバイの中でホンダが一番人気が高く庶民のブランドとして定着しているので、オートバイのことをホンダと呼ぶことが多い。


ホンダオム:オートバイタクシーのことをホンダオムと呼ぶ。ホンダはオートバイのこと、オムは抱く意味。オートバイの後ろにまたがって乗る姿を、ビヤオムに引っ掛けてホンダオムと呼んでいる。


<ま行>
マムトム(Mam tom):ベトナムの代表的な調味用ソースのひとつ。海老の塩辛から造られる。非常に匂いがきついので日本人には難しいかもしれない。しかしながらベトナム人にとっては大変重要なソースである。


ミンハイ省(Minh Hai):南部ベトナムの省。人口170万人。省都はカマウ(Ca Mau)。ベトナムの最南端に位置する省。南シナ海とタイ湾の接点に位置する。→
省別地図


メコン川:チベット高原に源を発し、中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを流れているインドシナ半島最大の大河。全長4500km。ベトナム南部で9本に分かれるのでクーロン(九龍)とも呼ばれる。→メコン川フォトツアー


メコンデルタ:インドシナ半島最大のメコン川によって作られた広大な三角州地帯。ベトナム南部の豊かな実りをもたらす土壌を形成している。


モッチャム(mot tram):乾杯の時の掛け声「モッチャム、モッチャム!」といえばビールを底まで飲みきることを指す。日本の一気のみと同義語。(モッチャムとは本来数字の百を指す)。ほかに乾杯の掛け声として「ヨーヨー!」がある。ヨーヨーには特に意味が無い。


<や行>


<ら行>
ライチャウ省(Lai Chau):北部ベトナム、中国とラオスに国境を接している。人口56万人。省都はライチャウ(Lai Chau)。→
省別地図


ライスぺーパー(Banh trang):お米をボイルしてそのエキスを集め、蒸気をあてた薄い布の上で丸く広げると、お米で出来たライスペーパーになる。生春巻きに使用したり、ローストポークや焼き魚などを巻いてヌックマムにつけて食べるなど様々に使われているベトナムの主要な食べ物のひとつ。使用するときには軽く水につけてから使う。


ラオカイ省(Lao Cai):北部ベトナム山岳地帯の省。人口53万人。省都はラオカイ(Lao Cai)。中国との国境の町。エスニック少数民族の観光で有名なサパ(Sa Pa)はラオカイ省にある。→省別地図 Lao Cai 省の公式サイト


ラムドン省(Lam Dong):中部ベトナムの山岳地帯の省。人口約80万人。省都はダラット(Da Lat)。→ダラット省別地図


ランソン省(Lang Son):北部ベトナムの中国との国境の省。人口約70万人。省都はランソン(Lang Son)。Tam Thanh洞窟が観光スポットになっている。→省別地図


螺鈿細工(らでんざいく):ベトナムの伝統的工芸品。漆の板に貝殻でデザインを入れてゆく。→漆工芸品


レ・ロイ(黎利):(1385〜1433)黎朝の初代皇帝(在位1428〜1432)。中国の明にたいして反乱軍を起こし、ベトナムの独立をした。1428年4月皇帝を即位し黎王朝を開く。国号を大越と定めた。


レタイントン(黎聖宗):(1442〜1497)黎朝の皇帝(在位1434〜1442)で、大改革を行いベトナムの中興の祖として知られる。


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