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| は | ひ | ふ | へ | ほ | ま | み | む | め | も | や | ゆ | よ | ら | り | る | れ | ろ | わ | *何かこの説明文が間違っているとか、付け加えたい事があったらここをクリックしてね! |
| −ア−
アップル アップルの設立者スティーブン・ジョブスの大好物だったから。 *アップルのロゴのりんごはどうしてかけているの? 「byte」(バイト=デジタル情報の1単位。1バイトは8ビット)と「bite」(噛む)をかけたらしい。 -------- アップル社に関してですが、スティーブ・ジョブスが「会社名何にしよう?」と考えを巡らせているときに、どうせなら電話帳に載ったとき前の方に載った方が良いということで頭文字がAのものにしようという発想だったということを聞きました。ちなみに英語でスペルを説明するときに「AはAppleのA、BはBoyのB、(…そしてZまで)」と言います。ですからスティーブジョブスが「う?んAが頭文字のもの…、じゃあApple」なんていう過程を経たことは想像がつきます。想像がつきますと書きましたが実は以上の話は人から聞いたもので確証がありません。それからもう一つの説はリンゴ畑のあたりを車で走っていて思いついたというものですなのですが、これについても確証はありません。 Wild Hatoさんからの情報
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■アップル社のロゴ アップル社のロゴについてですがリンゴはキリスト教圏では知恵の実の象徴とされています。 当時コンピューターと言えば一般的なものではなく大企業や研究所などで使用されている大型なものでした個人レベルで使用できる小型機を開発し商品化する際この機械は現代の知恵の実だと言うことからアップルと名づけられ同社名となっていますロゴがかけているのもアダムとイブが知恵の実を食べ、知恵をつけたことからこの機械を使う(=知恵の実を食べる)という意味でつけられました。 -きんた3号さんからの情報-
アスゲン製薬 ドイツ語でぜんそくの事を”アストマゲン”といい、そこから引用してアスゲンと名づけまた、”明日も元気に”と言うことも含め”アスゲン”と名づけたといわれています。 アサヒビール 明治22年11月の大阪麦酒株式会社が製造し、明治25年5月から発売したのが“旭ビール”という商標が社名の由来となっております。 当時はまだ輸入ビールが多かった時代のことで、日出ずる国に生まれたビールに 対する誇りと、旭日のごとき将来の発展を願う意味がこめられています。 味の素 「味の素」という名称は新しく商品を発売するにあたり、「味精」「だしの元」「味素」などの色々の名称を考え、選んだ言葉でもともとは造語です。最初「味の元」という言葉にしようかどうかと検討、最終的に「味の素」にになりました。 アサンテ 「アサンテ」の言は、スワヒリ語でありがとうの意味があります。お客さまから感謝される仕事がしたい、という意味を含んでいます。又、はじまりの「ア」と環境衛生を意味する「サンテ」を組み合わせたものでもあります。 −イ− イオン 1989年、ジャスコ誕生20周年を機に、過去の成功に安住することなく、真に国際社会に通用するカルチャーをもった企業グループをめざすべく、これまでのジャスコグループからイオングループに名称を変更しました。 イオンとは・・・・・・ラテン語で「永遠」の意味です。 「平和産業」「人間産業」「地域産業」であり続けることを基本理念に掲げ、お客さまへの限りない貢献を永遠の使命と考える私たちの強い決意を表しています。 また、そこにはグループが永遠に発展と繁栄を続けて行きたいという願いが込められています。 INAX 旧の社名は伊那製陶。創業以来の社長名は「伊那」に未知数を意味する「X」をつけて、伝統の継承と道への挑戦を表した。 伊藤園 屋号になります。上野にあった「伊藤園」というお茶やさんが、お店をたたまれる際に,譲り受けたもの。 創業者の伊藤氏は昔、羊華堂と言う洋服屋を営んでいた事からが名前の由来。 −ウ− −エ− EPSON 1964年、SEIKOグループが東京オリンピックの公式計時を担当した際に、計時結果をプリントアウトするためのプリンティングタイマーを開発しました。この技術を応用し、1968年に世界初のミニプリンタ(電卓用)を商品化・発売しました。 *型番EP-101といいます。 当時時計以外の商品としては初めてのものであり、以降当社独自の事業展開を行なっていく上で新しいブランドが必要となった時に、このEP-101をベースに多くの価値あるSON(子供たち)を世に創出していこうという意味を込め、”EPのSON””EPSON”というブランド名が 誕生しました。 エスエス製薬 Science&Societyの意。科学を探究し、貢献するという企業理念から。 エスビー食品(S&B) 「社運が日(Sun)が昇る勢いであるように」[製品が鳥(Bird)の飛翔のように津々浦々まで行き渡るように」との願いから。 榮太郎 創設者である名前の一文字 「榮」と日本人の名前として最も親しみやすい「太郎」とを組み合わせて名付けました。 NEC 「NEC」は、「Nippon Electric Co.,Ltd.」の頭文字をとったものです。 創業者が佐々木恭三という人で、その名前 SaSaKi からとったようです。 オムロン 「オムロン」とは当社が育った地、京都の「御室(おむろ)」(旧本社所在地)に由来し、語調を整える意味で「ン」を加えた呼称です。 御室とは元来、桜で有名な仁和寺(にんなじ)(*)のことをさしていますが、いつしか付近一帯をさす地名に変わっていきました。 この地では、明治維新にいたる千年ものあいだ、上流階級にもてはやされる精巧な、技術性の高い技術がつぎつぎに誕生しました。 「オムロン」は、仁和寺(にんなじ)に代表されるこの地名と、この地に起こった数々の技術を受け継ぎ、それを時代にあった形で結実させようという信念をもって名付けられました。 伝統と技術が深く浸透した土地柄とのみごとな融合、「オムロン」にはそうした意味と願いがこめられています。 オリンパス 創業当時の社名が「(株)高千穂製作所」としてはじまっていることから「高千穂」=「高天原」=「神々の居場所」からそれに相当するのは、ギリシャ神話の「olympus」に相当すると言うことからそうなったようです。 また、当時は横文字のブランドでないと売れなかったこともあり、創業1年目で「トキワ」ブランドから「オリンパス」ブランドに変わった様です。 オタフクソース 日本古来のユニークな顔として「ひょっとこ」とならび称される「お多福」の顔は、細い目、低い鼻、小さな口、ふくよかな両頬、広い額といったように、決して美人の相では、ありません。しかしいつも笑顔を絶やさない(細い目)、謙虚な姿勢(低い鼻)、無駄口はいわず控えめ(小さな口)、心身ともに健康(ふくよかな両頬)賢い(広い額)・・・・ といった心の美人 なのです。 調味料は「甘(甘さ)酸( すっぱさ)塩(塩からさ)苦(苦さ)旨(旨さ) = 味の 5味 から成っていることは、ご存知の通りですが、これは、主として女性(お多福)にお使い頂くもの。 つまり「オタフク」の社名は、人生の酸いも甘いも苦いもしりつくした心の美人に愛用されることを願ってのものです。 −カ− カルピス これは、創業者の三島海雲が名付けました。 「カルピス」の「カル」はカルシウムから、「ピス」はサンスクリット語から取りました。 仏教では、乳、酪、生酥、熟酥、醍醐を五味といいます。醍醐をサルピルマンダ、熟酥をサルピスと言います。 五味の最高位は醍醐のため「サルピル」でなくてはなりませんが、歯切れが悪いので、「カルピス」と名付けました。 カバヤ 第2次世界大戦後の昭和21年、子供達に夢を・・・の願いを込めて、当時、子供達 には接する機会の少なかった人気者のカバを社章、社名にした。カバには、「おとな しく、平和を愛する」というイメージがあり、平和な社会を建設するという国民の気持ちにもピッタリ一致していたそうです。 カロッツェリア イタリア語で自動車のデザイン公房ということです。ペニファリーナや、ジュウジアローなどという有名な自動車のデザイナーがいて、その人たちのデザイナー集団の事をcarrozzeria集団と呼んだりしていました。 株式会社カイゲン 社名の由来は中国古典の「孟子」より引用してます。 孟子 万章章句上 「既而幡然改 故源源而来」 中国古典「孟子」より 幡然として改め、源源として来る「幡」は、はた、のぼりの事で、幡然ははたが休むことなく翻っているさま。「源源」は、水が続いて流れ絶えないさま。 この意味は、「風に旗が翩翻(へんぽん)と翻るが如く・・・水が滔々(とうとう)と流れつきない如く・・・」 すなわち、「日々新た又新た」「毎日が開闢(かいびゃく)・毎日が天地・世界の始め」を表現しており、これこそが「改源」の精神なのです。 社名には、この「改源精神」を社員全員の基本的な心構えとして、後世に末永く引き継いでいきたいという願いが込められています。 亀田製菓 「亀田」は、会社所在地である「亀田町」からとった名前です。 昭和32年8月、株式会社設立の発起人会席上で、創業者である故古泉名誉会長が、「この企業は、もともと地元の意志で、地元の人々によって創業され育ってきた。いうなれば亀田町が生み出したようなもの。今後とも地元に密着、町民の指示を得ながら企業を育てていきたい」と発案、発起人全員に承認され、決定されました。 地元に密着しつつ、いずれは全国を制覇、大企業に育てあげようという願いを込めて命名された社名です。 鐘紡 「鐘紡」は、鐘紡となる前進の「鐘ヶ淵紡績」が元になっています。 -------- カネボウの社名の由来は昔カネボウはカネガサキ紡績という紡績会社だったそうですよ。 −miki kouichiさんからの情報より−
−キ−
キッコーマン キッコーマンという名前は、「亀甲」と「萬」をあわせたものです。しょうゆなどのラベルにあります。マークの外側の六角形は、千葉県の亀甲山香取神宮の山号の亀甲を図案化したものです。これに「亀は万年も生きる」というおめでたい言い伝えからとった「萬」という字を配 して、「亀甲萬」、キッコーマンとなりました。 キーコーヒー 創業者の木村文次氏(故人)が1920年(大正9年)の夏、19才のときに横浜市内でコーヒー豆の輸入と焙煎、卸業を中心とする「木村商店」を開いたのが最初でした。外国から持ち込まれたコーヒーは、大正時代に入って日本人の間に急速に親しまれるようになりました。背景には、ブラジルに移民した日本人が生産するコーヒーを日本の一般国民の間に飲み物として広めようとするブラジル政府の奨励策がありました。 しかし、営業が軌道に乗り出した直後の23年9月、関東大震災に遭遇し、壊滅的な打撃を受ける事になり、苦労して築き上げた店は跡形もなくなってしまいました。街の復興に合わせてゼロからの出発となったが、昭和初頭の1928年、心機一転の考えもあって社名を「木村コーヒー店」と改めて再開しました。この年に、米国に派遣していた社員が2年がかりで米国全土を回って帰国し、コーヒーは日本の新しい食生活と文化を開く”かぎ(鍵)”だとして開店時に「キー印」をブランド名にし、かぎをシンボルマークとして採用しました。1989年2月、広く親しまれるようになったブランド名を今の社名に変更したそうです。 キリンビール 中国に古くから伝わる想像上の動物です。 言い伝えによりますと麒麟は、慶事の前に現れる神聖な動物で、胴体は鹿、尾は牛、ひづめは馬、額は狼。頭には1本角があり、翼を使って大空をかけめぐるため、草を踏むようなことはない霊獣である、という説もあります。 「キリンビール」は、西暦1888年(明治21年)に誕生しました。当時、西洋ではビールに狼や猫の名前をつけている事が多く、その影響を受けて東洋の聖獣である麒麟を商品名に採用したようです。 杏林製薬 中国の医師・奉は、患者が全快すると治療代の代わりに杏(あんず)の株を株を植えさせたので大きな杏林ができた。という伝説から。 古代中国。貧しい患者からは治療費の代わりに杏の苗を受け取ったという伝説の名医、董奉(トウホウ)。日ごとに増える杏の木は、やがて大きな林となり、生命を慈しむ董奉の心も人々の間に広がっていった。(杏林伝説) それから董奉の徳を称え、「杏」または「杏林」の字句が一般に医、或は医療等を表す言葉として中国から日本に伝わった。 この「杏林」の文字こそ真の医療のあり方を示すものと思い、会社の称号についても「杏林」の二字を選定した。 /HNさんからの情報より
キヤノン 1933年に高級カメラの研究を目的として「精機光学研究所」が開設しました。翌1934年、様々な苦労を重ねた末、日本最初の35mmフォーカルプレーンシャッターカメラが試作され 、観音信仰者であった研究者が、その名称を「カンノン」(KWANON)としました。 その後 、その名称が近代的な高級カメラのイメージになじまないと判断し、カンノンに代わるブランドとして「キヤノン」(CANON)を新名称として採用しました。 CANONには判断の基準、聖典等の意味があり、正確を基本とする精密工業の商標にはふさわしいと考えられました。 1937年「精機光学工業株式会社」が創立され、1947年に「キヤノンカメラ株式会社」、 そして1969年「キヤノン株式会社」と改称し、現在に至ります。 それから、キヤノンの「ヤ」の字は大きい『ヤ』です。「キヤノン」と表記して、「きゃのん」と読みます。これは、全体の見た目のバランスを考慮して文字を配列したため、および登記簿上の商号名称が「キヤノン株式会社」で有ることに由来します。 −ク− 江崎グリコ グリコの名前はグリコーゲンからきています。グリコーゲンを食べやすく、美味しくしたのがグリコ。当初キャラメルが一般的に知られていることから、グリコキャラメルの案もでましたが、全く新しい栄養菓子を創りたい、との願いを込めて「グリコ」です。 グンゼ 語源は国是ならぬ「群是」。創業の地・京都府何鹿群(現・綾部市)の地域産業振興を目的とした事から。 −ケ− KDD KDDは国際電信電話(Kokusai Denshin Denwa)の略称となっています。ただし、98年12月に日本高速通信株式会社と合併し、現在はKDD株式会社と名称を変更していて、国際電信電話株式会社という名称はなくなりました。 −コ− コウズ コウズは、アメリカの会員制ホールセールクラブの店名が創業者の名前にちなんで付けられていることから、ダイエーの会員制ホールセールクラブも、創業者である中内(ホ(いさお)の(ホの音読であるコウ(Kou)からKou’S(コウズ)と名付けられました。 コダック・Kodak 創業者のイーストマン氏が「力強くシャープな感じで大好き」というアルファベットのK。Kに始まりKで終わる名前の独自で考案したのが由来。 コナミ 「コ」は上月景正(KAGEMASA)の、「ナ」「ミ」はそれぞれ創業の頃一緒に仕事をしていた2人の頭文字をとって並べたもの。 コーセー 創業者・小林孝三郎氏の「コウ」の誠実の「セイ」に、語源に宇宙や美の意を含むギリシャ語のコスメチコス(化粧)を重ねた事から。 コスモ石油 コスモ石油のコスモはCOSMOSに由来します。宇宙、世界、万有、秩序、調和を意味しています。言葉に無限に広がる未来をイメージし、人間と社会との調和 をオーバルマークに託しました。 コクヨ 創業者黒田善太郎が20歳の秋に、青雲の志を抱いて富山から大阪に出発するときに、母や近所の人から「しっかりやってこられ」と励まされた言葉を片時も忘れず、正しい商売で身を立てて「国の光—故郷の光」ならねばならないと思い、「国光堂」という商号を定めた。 また、商標の「国誉」というのは、商号を定めたときに心に強く感じた、越中富山の国の誉れ、すなわち、国の誉れにならねばならないと言うことから思いついたもの。 昭和36年社名と商標の一致を図り「コクヨ」とする。 昭和56年コクヨはデザインやコミュニケーションの問題を根本から洗い直 し、情報化時代・国際化時代に通用するコクヨ統一のイメージを展開するために新しいCIを導入いたしました。新しく制定されたコクヨロゴの基本デザインは、アルファベットの 太字でKOKUYOとしたもので、最初のKの字の頭に赤色のアクセントが付けられ ています。 サッポロビール サッポロの意味は、あの北海道の「札幌」です。 サンクス サ・ン・ク・スという音では(Thanks=)「お客様皆様に対し感謝の気持ちをもつ従業員・企業であること」の意味を表しています。 その意味に「SUN(太陽)」=明るく活動的なイメージ、の文字をかけて表現させました。又、ロゴマークの「K」という文字は帽子をかぶった子供に見立ててあります 子供さんでも安心して買い物をして頂けるお店づくりを目指し、お客様に安らぎと安心感を与え、地域社会に貢献していくという思想が込められた名前になっています。 サンスター 太陽は(サン)の出る朝に歯を磨き、星(スター)の出る夜にも歯を磨く、との意味。口腔衛生の徹底を図る願いが込められている。 三和銀行 三十四、山口、鴻池の3行が1933年に合併、取り持った日銀の中根定彦理事が、「3行の和合だから平凡に三和がいい」と考案した事から。 参天製薬 参天製薬の社名の由来は、儒教の教典である「四書五経」の一節「天機参与」に由来しています。「参天」とは「天機に参与する」、すなわち、天意に従った行動をとることを意味しています。 SANIX SANI:sanitary[清潔な、衛生的な、公衆衛生] X :無限を象徴するX という意味です。 31アイスクリーム ”1ヶ月31日間、毎日違ったアイスクリームがお召上がりになれる”と言う事から、31アイスクリームと命名されました。 日本では31アイスクリームが一般的ですが、外国(特にアメリカ)では、BASKIN?ROBBINSと言わなければ通じない事がほとんどです。 −シ− JOMO(ジャパンエナジー) 21世紀にも通用するグローバルな名前をということで,英語の発音にちかいエナジーを採用。 また,エナジーと発音することで,企業体としての「活力(エナジー)」の意味も表現しています。 また,JOMOは「Joy of motoring(運転する喜び)」からの造語です。 ジャスコ ジャスコは岡田屋、フタギ、シロというローカル企業3社の提携に端を発して1970年に誕生しました。この提携を機に、新会社の社名を社員から公募、その結果、「日本ユナイテッドチェーン株式会社」(Japan United Stores Company、略してJUSCO)が選ばれ、その通称に「ジャスコ」を用いたのが現在の社名の由来です。 シャチハタ工業 当初の商標・日の丸印は「法的に問題がある」と指摘され、代わりに円内に地元名古屋の金のシャチホコをあしらったのが由来。 シチズン時計 CITIZENという言葉は、世界中で一般的に「すべての国民」という意味で使われています。すべての国民は、当然のことながら、より良い生活、より良いものを求めています。シチズンの使命は、このすべての人によりグレイドの高い製品・サービスを提供す ることにあります。シチズンは「市民に愛され親しまれる」製品づくりを通して、世界の人々の暮らしに貢献したいと願っています。」 との事。 上新電機 上新電機の創業者浄弘信三郎(じょうぐしんざぶろう)は戦前、青果物の仲買商を営んでいた。屋号は、自身の姓名から「浄信」という二文字を「上新」に置き換えた。その理由の一つは「浄信」という漢字よりも「上新」の方が読みやすく、覚えてもらいやすいこと。二つ目は上等で新鮮というイメージによるものだった。 その後、屋号は青果業から転身したラジオパーツ店に「上新電気商会」として受け継がれ、さらに、株式会社への改組を契機に「上新電機産業株式会社」と改められた。この社名変更は、会社の将来発展を視野に入れ、分野が限られた「気」の電気よりも、 業際の拡大性がある電機の「機」を引用するとともに、メーカー機能までを展望して「 産業」としたものである。 シキシマパン 初代社長 盛田善平が好きな歌がございました。本居宣長の歌で「敷島の大和心を人とはば朝日に匂う山桜花」というのですが、"敷島"は"大和"にかかる枕詞となってい ます。 この枕詞が"敷島製パン株式会社"の名前の由来に深く関わっています。 じゃんじゃん亭 焼肉店のコンセプトである「明るい活気ある店づくり」からイメージする言葉(音)をいくつか考え、その中から決定。じゃんじゃんお客様に来ていただけるようにという願いもあります。 ジョン万次郎 幕末から明治にかけて活躍した海洋冒険児 中浜万次郎(通称 ジョン万次郎)にちなんで名付けたそうです。 万次郎にあやかり、海に憧れる若々しい心を持つ人々の集いの場所でありたいとの 願いがこめられています。 シーキューブ C・CUBE(シーキューブ)とは、Cの立方体、即ちCの3乗を表す言葉で当社の事業領域であるCOMPUTER(コンピュータ)、COMMUNICATION(通信)、CONSTR UCTION(構築)を結びつけるシナジー効果を表現しています。 そして、これらの3つのCが3乗のパワーを発揮し、人間性豊かな社会を創造する企業となることを期待して名付けました。 現社名はCIを導入して全社員が参加して決めました。平成4年10月1日からです。 以前の社名は中部通信建設(株)でした。 スターバックスコーヒー 創始者の一人ゴードンは始め「白鯨」に登場する船の名前「ピークォード」を候補にしたが,パートナーでアーティストのテリーに反対された。特色があって,しかも北西部に関係がある名前がいい,ということで,2人の意見が一致した。テリーはレーニア山か ら「スターボ」という名前を選んだ。議論の結果スターボはスターバックスに変った。文 学すきのジェリーが「白鯨」に関連付けて,ピークォード号の一等航海士の名前がスターバックだったので,スターバックスとなった。 すし王 宅配寿司でトップを目指す、という意味です。 −セ− セブンイレブン/-便利屋さんからの情報- 人間の生活時間が7時から11時の間であり、生活に必要な物が全てそろう店という意味であると聞きました。 西友 ”西友”の由来は、定かではありません。元々は西武百貨店から分離・自立したので、「西武ストアー」と称していました。 そして、4月19日にさらに「西友ストアー」と変更しました。その後、「西友」になりました。 SEIKO 1881年 創業者 服部金太郎が輸入時計の卸・小売・修理をする服部時計店を創業。 1892年 掛時計の製造工場として「精工舎」を設立。”工舎”は工場の意味で、”精”は精密という思いを込めたという説もある。 1924年 生産を開始した腕時計に、精工舎からとって「SEIKO」ブランドをつけた。 1925年 SEIKOを登録商標とする。 1983年 メインブランド「SEIKO」と企業イメージの統合を図り、社名を「服部セイコー」とする。 1990年 英文社名をHattori Seiko Co,LtdからSEIKO CORPORATIONへ変更する。 1997年 国際化が一層進む中で、英文表記にあわせて和文表記の社名をセイコー株式会社にしたそうです。 セゾン ”セゾン”はフランス語で「季節」を意味します。「四季折々の生活者に対して、必要で新鮮な情報と機能を提供し、生活総合産業としての役割を積極的に果たしたいという 願いが込められていた」との事。 ゼンリン 「善隣友好」熟語から。”平和でなければ地図作りは出来ない”。との願いが込められている。 セガ・エンタープライズ 前進の「サービスゲームスジャパン」から「サービス(Service)」の頭文字”SE”と「ゲームス(Game)」の”GA”からきたそうです。 セーラー万年筆 明治44年に広島県呉市に坂田氏により坂田製作所として操業を開始致しました。開始致しました。昭和7年社名をセーラー万年筆坂田製作所としました。この時に、セー ラーの名前がつきました。呉市には呉軍港にちなみ、又、島国日本は海を越えて発展せなければという意味をもっています。その後、昭和35年に現在のセーラー万年筆に社名変更致したそうです。 像印マホービン 子供に愛され、寿命も長い像のイメージを魔法瓶にあてはめた。主要輸出先だった東南アジアで神聖視されていたのも理由の1つである。 素材屋 いつでも旬の素材を美味しくお値打ちに味わっていただける居酒屋。 そごう(SOGO) 「そごう」とは、創業者である“十合(そごう)伊兵衛”の名前に由来しています。最初の店名は1830年大阪に開店した古着商「大和屋」ですが、明治10年「十合呉服店 」となりました。ひらがなの「そごう」に社名を変更したのは、株式会社設立50周年と なった昭和44年です。 ダイハツ 「ダイハツ」の社名の由来は、1907年3月に大阪に「発動機製造(株)」として設立しましたが、1951年12月に「ダイハツ工業(株)」に改称しました。 ダイハツの由来は大阪の「大」と発動機の「発」をとって「ダイハツ」と略称。 ダイキン工業 1924年に飛行機部品の製造販売、一般金属の加工等を行う「合資会社大阪金属工業所」として操業を開始しました。その後、会社組織の強化を目的に1934年には株式会社に移行し社名も「大阪金属工業株式会社」となりました。 戦後、弊社の業態は、エアコンとフッ素化学を主体とするものに変わり、社名と製品の不一致が生じたため、創業40周年にあたる1963年(昭和38年)に社名変更を行い「ダイキン工業株式会社」となりました。 現在の社名「ダイキン」は「大阪金属」に由来してます。 ダイダン株式会社 最初は電気設備、しばらくして、暖房、冷房工事を取り扱うようになりました。創業当時から、現在でいうところの総合設備業としての業態はかわりなく継続されています。社名は ○ 大阪電気商会株式会社・大阪暖房商会株式会社 ↓ ○ 大阪電気暖房株式会社 と変わりました。大阪電気暖房(株)のときに、社外の顧客から愛称でだいだん(大阪の「だい」、暖房の「だん」)とよばれていました。当社は、日本の全都道府県に本支社、支店、営業所、出張所等の営業拠点があります。ローカル色の強い社名を変更 するときに、お客さんの愛称である「だいだん」をカタカナで採用することになりました。これが現在の社名、「ダイダン株式会社」の由来です。 ダイエー ダイエーは、1957年9月23日、大阪市旭区に「主婦の店ダイエー本店大阪」(社名)の1号店をオープンしました。当時の店名は、「主婦の店ダイエー」でした。 「ダイエー」の名前は、「大阪で栄える」、また、「大きく栄える」と言う意味を持っています。創業者の中内(ホ(いさお)会長の祖父の名前が「栄」さん。会長の父が「サカエ薬局 」「サカエ薬品」を作っています。そして、会長がダイエーを創業。戦後、漢字の社名が多い中、「ダイエー」というカタカナの名前はハイカラでした。また、「ダイエイ」としなかったことで、会社が発展したと言われています。 ダイエーのマークは昭和50年10月21日に誕生したもので、ダイエーにとっては2代目のものです。形は円、三角、四角の要素を内包。○は完全さと温かさ、△は厳格さと成長性、□は信頼感と落ち着き、という潜在的なイメージがバランスよく取り入れられています。 タイガー魔法瓶株式会社 魔法瓶業界の初期(大正末期ごろ)では、魔法瓶の壊れやすいイメージを打ち消すため、強い動物の名前を銘柄に使うことが多くあり、当社創業者がトラはアジア特産で強い動物として知られるとのことから、「虎印」と定めました。 この虎印が引き継がれ、現在は、横文字の「タイガー」としそうです。 大正製薬 大正元年(1912年)の創業。元年にちなんで「大正製薬所」とし、1948年に(昭和23年)から大正製薬に。 −チ− 長府 住所の山口県下関市長府扇町から来ています。 地中海 新業態として焼肉とイタリアンの店を始めることになり、社内からイタリアンイメージの屋号を募集。デザイナーも加わって選考した結果、「太陽と海」のイメージから「地中海 」に決定。 −ツ− つぼ八 昭和48年3月に札幌市の琴似で開店した1号店の広さが8坪だったことから「つぼ八」と命名しました。 −テ− テルモ 「テルモ」は、創業以来の製品「体温計」が由来です。体温計をドイツ語で「テルモメーター(Thermometer)」といいます。 1921年に北里柴三郎医学博士らが発起人になり、体温計の国産化を目指して設立された会社です。そのため社名も体温計由来となっています。 デサント(DESCENTE) フランス語で、スキーの「滑降」の意味です。 −ト− トーメン 1920年(大正9年)に三井物産?の棉花部の業務を継承して、「東洋棉花?」が創立されました。その後徐々に総合商社化を果たし、この商号が実体にそぐわなくなったことから、1970年(昭和45年)に創立50周年を迎えたことを契機として種々検討の結果、 「株式会社トーメン」と社名を変更しました。 TDK TDKの設立時の社名は東京電気化学工業株式会社でした。これは、フェライトを発明した加藤与五郎博士、武井武博士が東京工業大学電気化学科に席を置いていたことに由来します。 トヨタ自動車 創業者が豊田家だから。 東ソー 東ソーは1935年2月11日に「近代的一大理想工場」を目指し、「東洋曹達工業」として山口県新南陽市に誕生しました。 依頼、ソーダ、塩化物といったソーダ工業をはじめ、臭素、リン酸、セメントなど無機化学を中心として発展を遂げてきました。 1960年代後半よりは、塩ビモノマー、ポリエチレン、合成ゴムといった石油化学業へ 参入、あわせて第二拠点として三重県四日市市へ進出しました。 1975年、総合電気化学メーカーから石油化学メーカーへの道を歩んでいた「鉄興社」と合併、新たに金属部分が加わりました。そして新たな気持ちでの出発に、1982年に「東ソー」に社名を変更しました。 1990年には、四日市霞コンビナートのエチレンセンターである「新大協和石油化学」と合併、文字通り総合化学会社としての道を歩んでいます。 ドトールコーヒー 創業者のブラジル修行中の住所が「ドトール・ピント・フェライス通り」だった。「ドトール」はポルトガル語で博士、医師という意味。 トミー 創業者は富山栄一郎氏。戦後海外で「トミヤーマのおもちゃ」と評価され、国際市場の拡大に備えてより親しみやすいように。 東レ 1926年(大正15年/昭和元年)レーヨン糸生産のために設立され、社名は「東洋レーヨン」という名前でした。その後3大合成繊維を生産・販売するに至り、ブランドを「東レ◯◯」というようになりました。 1970年(昭和45年)社名を現在の「東レ株式会社」に改称し現在に至っている。 ナイキジャパン 1970年代初めに新ブランドを検討中、社員の夢にギリシャ神話の勝利の女神「ニケ(NIKE)」が出てきた事に由来。 −二− ニチメン 日本綿花より。もともと綿花の貿易よりスタートしたそうです。 NECインフロンティア(旧日通工) 「IT事業(information)の最前線で、お客さまと企業の接点(front office)に立ち、フロンティア精神をもって、インターネット・アプライアンスの覇者となる」決意を込め、NECインフロンティアという社名にしたそうです。 −日通工− 以前は、日本通信工業株式会社としていました。当時の略称が由来となり、そのまま「日通工株式会社」と社名変更しました。 任天堂 ”運を天に任せる”という説があるらしい。 日産自動車 日産自動車は、昭和8年12月26日に、日本産業(株)と戸畑鋳物(株)という会社の協同出資で、ダットサン及び自動車部品の製造・販売を行なう「自動車製造株式会社」(社長:鮎川義介)設立されたのがはじまりです。 翌昭和9年6月1日、日本産業(略称:日産)の全額出資となり、社名を「日産自動車株式会社」と改称しました。 ニッセン ニッセンはその昔、(昭和44年以前)日本染芸という和服の柄のプリントを主としていた商売をしていました。しかし、昭和45年に通信販売を手がけることになり社名を決めるにあたり、あれこれ思案をし現在のニッセンと名づけられました。 −ヌ− −ネ− −ノ− −ハ− ハーマン HUMAN・HARD・HARMONYの3つの語源から創造された【HARMAN】。ハーマン。快適なくらしの中に潤いを求めていつまでも変わらないハートで感じあえる人間のぬくもりをもった新しい生活提案型企業を目指している。 パロマ ”Paloma"はスペイン語で鳩という意味です。平和のシンボルとして、国境をこえ人びとに愛されている鳩に、平和で豊かな暮らしの願いをこめて社名を”パロマ”としました。 パーパス パーパスは高木産業のロゴです“PURPOSE”であり直訳すると、目的、意志等の意味があります。 パーパスの込める思いは「目的にかなった製品を限りなく創造する決意」ということであり、それがパーパスの精神であるという意味で、初代社長が考えたものです。 パルコ イタリア語で「公園」や、「広場」の意味。人々が集い楽しめる新しい商業施設を目指してのネーミング。 ハドソン 創業者の工藤裕司社長が子供の頃からSLマニアで、ハドソン型蒸気機関車C62が大好きだったから。 日立 創業の地の地名であり、また、「太陽とともに立つ」という創業者の小平浪平の意気を示しています。なお、日立のマークは、創業者自ら考案致したそうです。 -------------- 日立という名前は江戸時代水戸藩二代藩主徳川光圀が当時日立地方を時々訪れ「日の立ち昇るところ領内一」と言ったいう故事にちなみ、ある村と村が合併する際、この地方を日立村と名づけたことによります。水戸光圀って皆さんよく知っているでしょ。 水戸黄門です。日立って名前は由緒ある名前なんですよ。 日立製作所の創業者小平はこの地方の名前を取っただけです。 -関 篤さんからの情報より-
チケットぴあ 人気雑誌などに頻出する「ぱ」行の音から「ぴ」を選び、語感の良い「あ」を合わせた造語を誌名としました。で、意味のある言葉ではないのです。 −フ− 不二家 『不二家』の名は、和歌を嗜んでいた夫人の意見が入れられたということです。 それは元町は外国人居留地に近く、お客様も外国人が多いことだから、日本を象徴する“富士山=フジサン”の名がいい、それも万葉集に出てくる“不二嶽=フジガタケ”の“不二”がいいということが決められました。もちろん、「藤井」の姓にも通ずるし、「二つとな(不)い家」にも通ずるものとして、その後の発展隆盛を望んでいたともいえます。 富士通 富士通に深い関係のある古河電気の"ふ"ジーメンスの"じ"から由来がきています。 フジッコ 創業者が「昆布製品の日本一」を目指して「富士昆布」と命名。1985年に人気ブランド「フジッコ」を現社名にしたそうです。 フマキラー 「フ」は英語のFly(ハエ)、「マ」はMosquito(蚊)から。ハエや蚊を殺す者(Killer)からの意味。 福助 元の商標「丸福」がトラブルで使えなくなり、悩んでいた創業者の息子が伊勢参拝の帰りに古道具屋で福助人形を発見したことから。 −ヘ− ペプシコーラ ペプシコーラは、1898年にアメリカのノースカロライナ州ニューバーンの薬剤師キャレブ・ブラッドハムが胃腸薬の調合からヒントを得て作った飲み物がルーツです。 コーラナッツの「コーラ」と、消化酵素の「ペプシン」からペプシコーラと名づけられました。 ベネッセコーポレーション "Benesse"は、ラテン語の「Bene=よく」「esse=生きる」を組み合わせた言葉です。 −ホ− ポッカコーポレーション 昭和32年2月に、弊社はレモン製品にて現在の代表取締役会長が創業いたしましたが、創業当事は『ニッカレモン株式会社』という社名でした。これは当時会長はバーを経営しており、創業するにあたって、当時お世話になっていたニッカウヰスキーさんのお名前を借りていました。お蔭様で順調に推移していましたが、いつまでもニッカさんのお名前をお借りするわけにいかなかったので、社名を変更することになりました。そこで、これまでが『ニッカ』でしたので、これから「ニッカボッカ」(ゴルフや乗 馬の時のズボン)を連想し、「ボッカ」を考えました。しかしながら、最初の発音が濁音(ぼ)では発音しにくいのと聞いたときの印象が深くないので、破裂音(ぽ)にすることで、聞いたときにインパクトが出るようにし、昭和41年に社名を『ポッカレモン株式会社』に変更いたしました。さらに昭和57年にCIシステムを導入し、社名を『株式会社ポッカコーポレーション』に変更し、現在に至っております。 ホーブン 鳳文書林という航空図書専門の出版社からのノレン分けです。 ポーラ 昭和4年、創業に際して先代社長の鈴木忍が命名しました。高貴、極致、貴婦人、美の女神、など幾種類かの言葉をもとに、英語、フランス語、ラテン語などで、語呂がよく親しみやすい候補名を挙げ、その中から選び出したということです。 マスプロ MASter of PROduction(生産の覇者)からきてます。 マルコメ みその原料である「大豆」と「米」を図案化した社章に由来します。 丸八真綿 「丸八」とは創業者の岡本八二の家の屋号です。 マイカル グループの経営哲学で「若々しく健康的で快適な生活」(Young&Young Minded Casual Amenity Life)の頭文字を組み合わせたもの。 ミツウロコ 初代社長 田島達策(タジマ タッサク)が、明治25年に群馬県高崎駅前の「三鱗運送店東京支店(サンリンウンソウテン トウキョウシテン)」を引き受け、その名称を「三鱗社」と改めた時までさかのぼります。その「三鱗」という言葉の由来ですが、当時の高崎は、東京方面から鉄道の終点であり、東京方面からの物資はそこから馬車で信越方面に運ばれていました。なかでも唯一のタンパク源であった鮮・font c olor="#3333FF">尢゛の扱いは、冷凍・冷蔵技術の発達していない当時、特別扱いを要したので、水谷、矢島、梶山の3運送店が相談して、魚類扱いを主業務とする運送店を開業しました。そしてその名称3運送店が出資し、魚類扱いを主業務にしたことから、魚のウロコにちなみ「三鱗運送店」としたものです。その後、小社は「三鱗社」からさまざまな名称の変遷を経て、昭和36年に兄弟会社5社を合併したのを機に、「三鱗無煙炭(サンリンムエンタン)」から「ミツウロコ」という社名へと改め、現在 に至っています。 ミニストップ 「ちょっと立ち寄る」という意味の「MINUTE STOP(ミニットストップ)」から生まれました。 −メ− 明治製菓 大正5年(1916)年10月9日,明治製糖株式会社社長,相馬半治によって設立されました。当初の社名は「東京製菓株式会社」といいました。 しかし,事業の拡大とともに「東京」という特定地域を名称とするのが合わなくなり,また,「明治」グループとの関係を明らかにするために,大正13年年9月1日(関東大震災のちょうど1年後に当たります。)に「明治製菓株式会社」と社名を変更いたしました。その後,戦時中に一時期,物資の不足により菓子生産が思うように出来なかったことから「明治産業株式会社」と改名したことがありましたが、戦後(昭和22年4月30日)再び,「明治製菓株式会社」となり,今日に至っています。 メガネ21 21世紀の理想のメガネ店を目指すと言う意味です。 21は、元のメガネ店の解雇者と退職者が自分達の仕事場を作る為に設立した会社です。HPでも記載していますが社員の共同出資共同経営で協同組合的な会社です。設立当初「儲けずに安く販売しますのでお客様をご紹介ください」とお願いして今日の109店舗 が出来ました。そのお陰で、昔の仲間を90人以上採用できたのです。 会社が大きくなれば初心を忘れ勝ちです。だから、チラシやHPで、利益を残さず、社長の年収に上限を設けた経営を公開しています。そうすれば、後輩達も儲けに走らず、NPO(非営利企業)を目指す事で21は、「最後に倒産する眼鏡店」になれるからだそうです。 −モ− モロゾフ 「MOROZOFF」の名前の意味は、白系ロシア人の姓ということになります。 時々、スポーツ選手や政治家の名前で、「モロゾフ」という名前が出てくることがあります が、そのように、ロシア人にある名前と考えといてください。 由来は、ロマノフ王朝が、革命で崩壊したことによって、富裕層を中心にたくさんのロシア人が国外へ亡命をしました。モロゾフ一家もそのうちのひとつでした。洗練された製菓技術を持つ一家でした。 最終的に日本に到着したモロゾフ一家は日本で商売ができるように日本人と共同経営を始めました。 というわけで、社名の由来はそのモロゾフさんの姓からとっていると言うことです。 モスバーガー モス(MOS)の名前の由来は、 M=マウンティン・・・山のように気高く堂々と。 O=オーシャン・・・海のように広い心で。 S=サン・・・太陽のように燃え尽きる事のない情熱を持って。 という自然への人間への限りない愛情をこめての名前だそうです。 山本山 山本山は元禄三年(1690年)、初代山本嘉兵衛によって当時庶民に普及し始めた、お茶を商う店として江戸日本橋に創業しました。元禄と言うとNHKテレビで放映の「元禄繚乱」でおなじみの、徳川綱吉の治世の頃です。 山本山は初代嘉兵衛が、山城国(現在の京都南部)宇治山本村から上京し、江戸日本橋に「鍵屋」の名で開業したのが、その始まりです。 それから約100年が過ぎ、時代とともに店の名も「鍵屋」から「都竜軒嘉兵衛」「山本屋嘉兵衛」「山本嘉兵衛商店」と名を変えてまいりました。その名が現在の山本山と呼ばれるようになったのは、1830年代(天保年間)六代目嘉兵衛(徳翁)のときです。この『山本山』という名は、当時評判だった自園栽培のお茶の商品名でした。このお茶は、記録に よれば二時間で1800kgをお買い求めいただけた人気商品でした。 時代は過ぎ昭和16年(1941年)に名称を株式会社山本山としまして、昭和22年からは海苔の販売も手がけ、現在に至っています。 −ユ− UCC "UCC"とは上島=UESHIMA、珈琲=COFFEE、株式会社=CORPORATIONの頭文字です。 ユニー 「マーチャンダイジングとマーケティングの接点となるユニークな流通企業」を企業コンセプトに、unique(独自の)、united(団結・結合した)、universal(万人共通の)、unity(統一、和合)、unify(統一する)の5つの英語から「UNY」という造語をつくり出し、ユニー株式会社としました。 −ヨ− 読売新聞 「読」みながら、「売」っていた、江戸時代の「かわら版」から由来する。 養老乃瀧 岐阜県養老郡養老町に「養老の滝」があります。この滝には親孝行の伝説があります。紀元八世紀頃、美濃の国(岐阜県)に貧しいけれど一生懸命に働き、親をいたわる樵(きこり)がいたそうです。 ある日、仕事で山奥に入った時、岩壁から流れ落ちる滝の水を眺め「この水が酒だったらなあ」と酒を好む老父の顔を思い浮かべていた時、ちょっと足をすべらし転んでしまいました。その時岩間から清水が湧き出ているのが見えました。なめると酒の味がしたので、喜んで持ち帰って老父に飲ませたところ大変喜ばれたそうです。この話が都に伝わり、この親孝行の精神が時の元正天皇のお誉めにあずかり、老いを養う水に因み、この滝を「養老の滝」と命名、年号も養老と改められた。この伝説を基にして創始者(木下会長)は「親孝行と勤勉」を社是としお客様と社員の幸福を実現させたいと願い「養老乃瀧」と命名しました。 −ラ− ライオン 1891年(明治24年)に小林富次郎商店として東京の神田で創業しました。6年後の1896年には初めて歯磨を発売しましたが、ライオンは百獣の王であり、又、歯牙が強くて純白であることから、この歯磨にライオンの名前をつけることが効果的と考え、「獅子印ライオン歯磨」という名前をつけました。この製品が好評を得て歯磨の売上がげが増加したために、1949年に会社名を「ライオン歯磨(株)」と変更し、更に1980年には、1919年以降別会社としていた当時のライオン油脂(株)と合併して社名を「ライオン(株)」としました。 −リ− リンナイ株式会社 創業者である林兼吉氏、内藤秀次郎氏の二人の名前を取ってリンナイ。元々は「林内商会」だった。 RICOH リコーは1936年2月、財団法人理化学研究所における発明の工業化を目的とする理化学興行株式会社から独立し、理研感光紙株式会社として設立されました。その2年後の1938年3月、社名を理研光学工業株式会社に変更します。 当時、カメラのブランド名として、理研の"理"と、光学工業の"光"をとって、「リコー」と 名づけ販売していました。その後、1950年のリコーフレックスIIIシリーズなどのヒット商品を通じ、ブランド名のリコーが広く認知されるようになった。 そして1963年4月、現在の株式会社リコーに社名変更したそうです。 リョービ リョービは広島県府中市にダイカスト鋳造の会社として創業しました。その際に考えられたのが、創業地周辺を指す地名や鉄道からとった「両備(りょうび)」でした。 しかし、漢字にしたものの迫力不足や、新会社が三菱電機との取引が多いところから「両」を「菱」にかえ「菱備(りょうび)製作所」となりました。その後ダイカストだけでなく電動工具、釣具といった完成商品部門の比重を高めることとなり、社名のわかりやすさも必要となりました。その中で昭和48年にCIを導入し、社名もカタカナ「リョービ」に変更し現在に至っています。 −レ− −ロ− ローソン ローソンは、すでに掲載されてますが、県神戸商情報科の会社名の由来のところをみると、「ロー」:法律、「ソン」:従業員、法律を守っていく従業員たちの会社という意味とのってました。信憑性はわかりませんが・・・。 -ひろちゃんさんからのじょうほうより-
アメリカのコンビニエンスストア「ローソンミルク社」との提携で、この店名を使用している。
ロート製薬 明治末期、新発売の目薬に、処方せんを伝授した井上豊太郎博士のドイツ留学時の恩師ロート・ムンド博士の名を冠したのが由来。 −ワ− YKK/YKK AP YKKとは、吉田(Y)工業(K)株式会社(K)の頭文字をたったものです。《吉田とは、創業者(前社長)の名です。》YKK APとは、YKKグループの建材事業の中核となる会社です。『AP』とは、Architectural Products(建築用工業製品)の頭文字をとったものです 。(正式名称: 和文 YKKアーキテクチュラル プロダクツ株式会社英文 YKK ARCHIT ECTURAL PRODUCTS INC.)アルミを主体とした建築用工業製品:住宅の窓・ドア、ビルのカーテンウォールなど、求める商品の本質を追及し、使って頂くお客様にご満足いただ ける商品を供給していくそうです。 |