−ア−
アルソア
フランス語の『ARBRE DE SOIE/アルブル ド ソア』
ねむの木=花言葉はか歓喜から生まれた造語です。
アイホン
1948年(昭和23年)6月「合資会社 東海音響電気研究所」として創立。ラジオ、拡声器等の組立、修理のかたわら同時通話式インターホンの研究開発を行ったのが始まりです。
その後1952年(昭和27年)4月、社名を「愛興高声電話器合資会社」と改め、インターホンメーカーとしての体制を整え、真空管式同時通話インターホン「テータホン」を発売しました。
テータ = TETA はギリシャ語で「対話」を意味することから名付けられました。しかし、当時このテータホンのが他の人に商標登録されたため製品商標を「アイホン(AIPHONE)」に改称しました。この「アイホン」ですが、社名の愛興の愛にインターホンのホンをつけ「アイホン」としたのが命名の由来です。
1959年(昭和34年)合資会社から株式会社に改組するとともに商標を社名を「アイホン株式会社」とし今日に至っております。当時、少し前に東京通信工業がブランド名であった「ソニー」を社名にしましたが、カタカナを社名に使うの事は電機業界の中においてはかなり早かったようです。
IBM/-風見鳥さんからの情報より-/-poohさんからの情報-
かの有名なSF作家アーサー・C・クラークの小説「2001年宇宙の旅」に出てきた「HAL9000」というコンピューターから取られ、「HALより一歩進んだコンピュータをつくる」ことを目標に、HALのアルファベットをそれぞれ一文字ずつ進ませ、
H→I、A→B、L→M、と言う風に社名を決定したのだそうです。
--------------
International Business Machinesが正式名称です。
http://www-6.ibm.com/jp/ibm/enkaku.html
ご覧のとおり、1924年にはこの名称になっています。
よって、映画「2001年宇宙の旅」のHALから由来したというのは間違いです。
映画(原作)のほうがIBMをもじって「HAL」というコンピューターを作りあげたのです。
アイレム
アイレム(irem)とは、「INNOVATIONS RECREATION ERECTRONIC MEDIA(イノベーションズ レクリエーション エレクトロニック メディア)」の略。電子機器を娯楽に取り入れようと言う意味から。
アルインコ
一つの説は井上鉄鋼(アルインコの前身の会社)がどうしてもハードなイメージを連想させるため、他のアルミ製品や無線機などに事業を拡大するのに障害となるので、アルミのALと井上鉄鋼のINOUEのIN、会社という意味のCOを合わせてALINCOになったと言われている。
また、読み方はALINCOをそのまま読むとアリンコ(蟻を連想させちっちゃなイメージがある)になるので、アルインコと呼んでいるそう。
もう一つの説としてアメリカ語(ネイティブアメリカン語)でalinco(アリンコ)という言葉がありalinco=alingn:一列にする、整列する、一線になるという意味があり会社としてまとまりをとるためこういった名前になっているそう。
アディダス
1920年、西ドイツのアドルフとルドルフのダスラー兄弟によって「ダスラー兄弟社」として創業。
その後、ルドルフは独立して「プーマ」を創業。
アディダス(Adidas)の名の由来は、
創設者アドルフ・ダスラーの通称「アディ(Adi)」とセカンドネームのダスラー(Dasser)にちなんでつけられた。
−イ−
イーザ/-ひとみさんからの情報-
英語のeasyer<簡単に行けるお店>方言で、このお店「いーざー<いいよ。>このお店に、「いざ、行こう!」と、いう、3つの意味があります。
イデー
イデーとはフランス語で理念を意味します。約20年前にイデーがオリジナルの家具をつくりはじめるにあたって付いた名前でそれが後に社名となりました。
「理念はかたちをもとめ、かたちは理念をもとめる」というギリシャの哲学者の言葉があるそうです。理念を感じさせるデザイン、理念のある暮らしを志向したいという思いをこめてつけられています。
−ウ−
−エ−
ACM
ARTIFICIAL・CELL・MEMBRANE
人工・細胞・膜の頭を取ってACMです。
名付け親は、あのπウオーターの山下先生です。
SFC
S(Spring;泉)、F(Force;力、効果)、C(Communication)
“湧き水の力で快適さを提供する”姿勢を社名に表した。
エムケー精工
創業者は丸山盛永といいます。(現社長の父で、既になくなっています)創業当時(昭和23年)は社名に創業者の名前を利用することが多く、エムケー精工の社名も丸山工業でした。創業当時から丸山のMと工業のKを使ったmkマークを社章としてました。その後日本経済の成長と共に当社もおかげさまで成長して参りました。昭和59年今後の成長を考えた場合、創業者の名前を使用した個人的企業のイメージを変えるため現社名のエムケー精工に社名変更したそうです。
ABC(朝日放送)/HNさんからの情報より
ABCとは、「Asahi Broadcasting Corporation(アサヒ ブロードキャスティング コーポレーション)」の略。
LG電子
「Lucky社」という会社と「Gold
Star」という会社の2社がいっしょになって、「LG」という会社が生まれました。
−オ−
OSG
“O” は 「0(ゼロ)からの出発、“S”
は 「三愛精神」、“G”
は 「GOOD」を意味しています。
OLFA(オルファ株式会社)
「折る刃」式カッターナイフの発明から、「オルハ」。HではなくFなのは、外国では「H」は発音されないからだそうです。
オーデリック
1996年1月に商号を変更し、オーヤマ照明株式会社からオーデリック株式会社になりました。
「ODELIC」(オーデリック)は、OHYAMA(オーヤマ)・DELIGHT(楽しみ・喜び)・LIFE(生活)・CREATION(創造)という4つの言葉から生まれました。
この社名には、人々の明るく快適な暮らしを支える総合インテリア企業でありたいというオーデリックの強い想いが込められております。
オラクル/hashyさんからの情報より
通説にあるのはオラクルの前身である SDL(Software
Development Laboratories)がCIAから受注したプロジェクトの名前であるというのは誤りで、実はSDLを設立する前にラリーが勤務していたAmpex社がCIAから受注したソフトに由来するものである、らしいです。
ちなみにORACLE=Oak Ridge automatic computer
and logical engine、オークリッジ自動
コンピュータおよび論理エンジンという意味でoracle=神託 、とかけているのではないでしょうか?
−カ−
関電工/-ふっちいさんからの情報-
関電工とは、旧社名の関東電気工事の略である。関東電気工事は、昭和59年に関電工と社名変更した。
−キ−
きんでん/-加美光鶴さんからの情報-
会社設立当初は、近畿電気工事という会社名だったが、平成二年にきんでんに社名変更した。ちなみにきんでんとは、旧社名の近畿電気工事の略である。
KITZ
旧社名である北沢バルブの北澤(KITAZAWA)をローマ字にし、その子音を抜き出してもじったものです。
「KITZ」を昭和40年に商標登録し、製品ブランドとして国内外のお客さんに認知されるようになった。平成4年、社名を「北沢バルブ」から、弊社製品のブランドネームとして浸透している「キッツ(KITZ)」に改称したそうです。
キリンビバレッジ
1990年12月31日以前の社名は、「キリンレモン株式会社」だった。創業25周年を記念して、「キリンビバレッジ株式会社」と社名変更。この社名は、1991年1月1日よりスタートした。
ビバレッジ(BEVERAGE)とは、英語で「飲料」という意味。総合飲料企業にふさわしいイメージと、社内外のアンケート結果による高い評価が決め手となって採用することになった。
崎陽軒
崎陽軒は、明治41年に横浜駅の構内営業権を頂き創業した。創業者の夫が長崎県の
出身だった。当時貿易で来日している中国人は、日本の太陽は長崎の岬から見えるため、陽のあたる岬(崎)という意味で、この地区を「崎陽(きよう)」と呼び、これがいつしか日本人にも愛称されるようになったという故事がある。この故事にならって、長崎の別
名を冠して「崎陽軒」と名付けた。
崎陽・・・長崎を中国風に呼ぶ名。
旭松食品
旭松という社名は昇る朝日のようにとの意味合いをこめた旭ともともと松尾村という地区で作っていたこと、松竹梅の松の緑と長寿の意を表す縁起の意味を含めて松を使用し旭松となったといわれている。
−ク−
グランドデュークス株式会社
先代の創始者、引地正次郎が亡くなる直前に会社としての活動を停止して休眠になった状態のものを、現在の代表取締役である引地正修が買い取り復活させました。その当時の会社名は、株式会社ミカド商事。三つの角がある土地に本社があったところから「三門=ミカド」と命名されたと言う事ですが、昭和の晩年、ミカドの名前は、キャバレーだったり、パチンコ屋だったり、サラ金だったり、余りイメージの良い物ではなかった為、現代表取締役が自ら会社名を変更致しました。その際、次のようなプロセスで社名を決めたと言う事です。
「ミガド」は「帝」であり、天皇や王様を示すものです。この王族の下には五つの爵位を持つ、貴族があります。この貴族の中でも最も爵位の高い“公爵”に目をつけました。そして、偉大で優秀な公爵が集まる集団なら、それは王族を超えられるのではないかということで、偉大な=Grand+公爵=Duke+集団を示す複数形のSで、『GrandDukes』になったと言う訳です。
クリタック
栗田工業グループの一員で英文社名はKURITA CREATION CO,LTDです。
クリタックの由来はクリタとクリエーションを合わせKuritac(クリタック)と名づけられました。
クノール
1886年、ドイツのカール・ハインリッヒ・クノール氏が固形スープを開発、1907年にスイス・クノール社が世界で初めてスープの工業化に成功したことに端を発する。
現在のフラッグ(旗)状のロゴマークは1997年に世界統一の「クノール」ブランドロゴマークとして導入された。
呉羽化学/HNさんからの情報より
「呉羽」は富山県の“呉羽”という地名からきている。
呉羽紡績にちなむもので、伊藤忠兵衛が1929年7月富山県婦負郡西呉羽村(現在の富山市)に紡織一貫工場をつくり、呉羽紡績と命名したことに発している。
呉羽というのは「くれはとり」(呉織り)であって、絹織物の機織り技術をもつ部の民として大和朝廷に仕えた。中国の呉から渡来したといわれ、「呉服」の由来でもある。
−ケ−
KSD
KSDとは、中小企業経営者福祉事業団という長ったらしい名称だが、以前は、「中小企業経営者災害補償事業団」という名称で、「経災団」としていた。
平成6年11月、KSDが30周年を機に、経災団の経の「K」、災の「S」、団の「D」をそ
れぞれ取って略称をKSDに。(KeiSaiDan)→KSD
ゲオ
「GEO」はラテン語で大地を意味する。
大地に大きく根を張ること、すなわち、人の、情報の、物流のネットワークを築き大きな発展を遂げたいという願いをこの社名に込めてある。
−コ−
(株)ゴーセン/-ふっちいさんからの情報-
社名由来の件ですが、弊社は合成繊維の”合”と”繊”より合繊→ゴーセンとなりました。
小僧寿し/コロスケさんからの情報より
小僧寿しですが志賀直哉の「小僧の神様」という小説の中で寿司を腹いっぱい食べたい小僧が出てきます。
そこからとったと思われますが・・・
コンピュータ総合学園 HAL/ゆきひろさんからの情報より
コンピュータの学校で”HAL(ハル)”という学校がありますが、聞いた話によると”H,A,L”それぞれのアルファベットの配列の”一つ次”の文字を並べると”IBM”となり、IBMの一歩手前の学校と言う意味をこめて名前を付けたらしいですよ。
コンパック
コンパックとは、コンパチビリティ(compatibility)とクォリティ(quality)の合成語であったが、最近ではコンパクト(compact)・パッケージ(package)を意味するようになっている。
−サ−
サティ/-duckさんからの情報-
サティ=STAYって看板がでてますね。倒産したマイカルの店名で、SYAYはある英語の文字を4つ組み合わせた造語なのです。マイカルの社員の人でもサティってなんて意味って聞いても知らない人が殆どだとおもいます。
その意味は、Satisfaction Any Time for Youの大文字でかいたS.A.T.Yの4文字でサティです
意味は、あなたにいつも満足を・・・とでも訳すのでしょうか!
サンゲツ
創業は嘉永年間にさかのぼります。もともと掛け軸や襖、屏風などをしつらえていました。
表具師として名古屋城下に開業して、創業から昭和初期にかけての屋号は『山月堂』と称していました。これを昭和45年にカタカナの現社名『サンゲツ』へ改称したものです。
もともと表具師の屋号は、花鳥風月にちなんだ風雅なものが好まれていたようです。サンゲツは、表具師から襖・壁紙問屋を経て、トータルインテリアのブランドメーカーとして飛躍を期すと同時に社名を歴史ある音を残しながらカタカナへと、当時としては珍しいCIを実施いたしました。
サラヤ
創業者である代表取締役会長の名前「更家章太」から「サラヤ」になった。
三共
明治32年、塩原又策・西村庄太郎・福井源次郎の3人がそれぞれ出資して、「三共商店」の名で発足。
3人の共同事業の意味である。
サンジェルマン
サンジェルマンの名前はフランスのパリにある地域「サンジェルマン・デ・プレ」から取った。
サイボウズ
サイバーキッズ (Cyber Kids) が語源です。直訳すると電脳子供達となります。
サイバーの「サイ」、キッズを「ぼうず」と和訳して、「サイボウズ」としました。
−シ−
新日本電気/-修紅わったさんからの情報-
「ENEOS」の名でガソリンスタンドを展開する「日石三菱」の社名が「新日本石油」に変わったのは記憶に新しいところでしょう。「新日本」とつくものでほかに頭に浮かぶ社名といえば「新日本製鐵」という人が多いと思いますが、マニアックなところで昔、日本電気(NEC)によく似た「新日本電気」なんてのもあったのをご存じでしょうか?
私の実家にはこの会社製の古いテレビや石油ストーブが存在します。実はこの会社、NECの子会社で、家電製品を製造・販売する会社でした。ところが親会社「日本電気」が新しい会社になったものと誤解されるため、1980年代に入り「日本電気ホームエレクトロニクス」へ社名変更となりました。ワープロ「文豪」は売れていましたし、ファミコン全盛時代、任天堂に対抗すべく家庭用ゲーム機「PCエンジン」を世に送り出した会社と言えば、知ってるって人もいるかも…。
マラソンやバレーボールなど企業スポーツも盛んな会社でしたが、赤字続きで2000年に無くなってしまいました。
ちなみに社員でも何でもない私がなんでこんなこと知ってるかって言うと、入社試験を受けに行ったことがあるからです。落ちたのですが、その後会社が無くなってしまったと聞き、心境は複雑です。
ジョプラックス株式会社
ジョプラックスは、プラスチック製品の開発から製造、販売を手掛けています。
また、プラスチックジョイントなどの自社製品で『ジョプラシリーズ』というのあり、名前の由来は、その『ジョプラ』と『プラスチック』をジョイントさせて『ジョプラックス』となりました。
CBIC(シービック)
「CBIC(シービック)」は、中央物産株式会社の子会社で、Chuo Bussan
International Co.,Ltdの頭文字を取ってつけられた社名です。
CNN/HNさんからの情報より
「Cable News Network」の略。
叙々苑/HNさんからの情報より
「叙々苑」の名称は、昭和51年第1号店を開店するにあたり、都内で検討する際に当時はこの業界は東京でも新宿、上野に集中していた。
新たに開店するにあたり六本木に第1号店を開くことに決定となり、場所がら外国人が多数いた。
日本人には焼肉を焼く音は「じゅうじゅう」ですが、外国人には「じょうじょう」と表現していた。そこで外国人にもわかるように名称を決定した。そこで、じょうじょう苑と決まったが、漢字にあてたのが現在の「叙々苑」となる。
CSK/ぶーさんからの情報より
ゲームで有名なSEGAの親会社のCSKですが、最近知りえた情報によると、
C:Computer
S:Service
K:Kaisya(会社)
らしいです。
−ス−
スポーツデポ(SPORTS DEPO)/HNさんからの情報より
「SPORTS DEPO」の「SPORTS」は、ライフスタイルに合わせてトータルでスポーツを進化させることを意味している。
また、「DEPO」はお客様のニーズをゾーンごとに、スポーツをトータルコーディネートする品を一時預かる(deposit)ことを意味している。
「SPORTS DEPO」は「ここに来ればきっと見つかる」をコンセプトに今後もお客様のご期待に沿えるように努力いたされるそうです。
−セ−
−ソ−
−タ−
タツノコプロ
先代社長の吉田竜夫の“竜”と現社長の九里一平の辰年生れをかけて考案したそう。大人の竜にすると、先がないように思われ、自分達は「竜のおとしご、謙虚に行こう」と
語り合い、命名した。
takaーQ
創業者の高久泰憲(たかく・たいけん)の姓を取り(株)高久(たかきゅう)としてスタートした。
そして1964年5月にシンボルマークのtakaーQを考案した。
一説には当時の人気アニメ「オバQ」がヒントだったとか。
そして1984年から現社名(株)タカキューになっている。
------------------------------------------------------/-前田さんからの情報-
大学時代(東大法学部・学生)時代に高久氏が友人などから呼ばれた当時のあだ名が「タカキュー」であり、人から親しみある愛称として本人も好み昭和25年6月に(株)高久より会社名の読みを「タカキュー」とした。昭和39年5月よりTaka-Qのロゴを使用。ロゴにある
Qについてはお化けのQ太郎の人気を合わせたものが多少ある。入社時の研修、昇進試験、などでも必須問題でした。現在、(株)タカキューはムービン事業部を合併後に店舗・会社規模を縮小し、現在イオングループの支援により経営を再建中。同グループであったMELS・トレンドクラブ・サリーズなどはイオングループに経営譲渡。これらは旧(株)ジャスコ時代に高久氏がジャスコと親交があり、ジャスコのテナントが埋まらない場所に店舗の採算が合わなくても高久氏が好意でタカキューの店舗出店をした行為が今日の結果であるものと考えられます。
ダイショー/HNさんからの情報より
ダイショーは、昭和41年12月設立で、当初は大昌食品株式会社という社名だった。
大昌は、「大きく繁栄する」という意味。
現在の株式会社ダイショーへ変更したのは平成6年4月で、将来食品以外の領域へも事業を拡大していくことを考慮し、社名から食品という文字を削除しカタカナ標記へと変更した。
−チ−
−ツ−
ツインバード
ツインバードは一対の鳥、商品を使っているお客様と商品を創る企業を常に一対の鳥と考えたいお客様の喜びが企業の喜びであるそんな思いから社名・ブランド名をツインバードと命名したそうです。
月星化成/HNさんからの情報より
福岡県久留米市の足袋職人だった初代の倉田雲平が1873年(明治6年)に「つちやたび店」を創業。
以後、地下足袋や布靴なども製造するようになった。やがて布靴をアジア諸国に輸出するようになり、それまで家紋の打ち出の小槌をポスター等の絵柄に使用していたが1928年に万国共通で親しみやすい三日月と月を組み合わせた月星マークを商標に決めた。
商標の図柄から月星化成の製品が「月星靴」と呼ばれるようになり、1962年には社名を「月星ゴム」に変更した。
その後、革靴のほか人工芝や工業用品などの分野にも進出し、1972年から現在の「月星化成」になった。
−テ−
−ト−
トキコ/karu-manさんからの情報
今こそ、サスペンションやプレーキの大手メーカーであるが、元々の社名は「東京機器工業」であり、計器などを主に作っていた。その当時の社名の東京・機器・工業のそれぞれの最初の文字であるト・キ・コをとって「トキコ」に社名変更された。
TOA
東亞特殊電機株式会社であり、トーアにアルファベットで「TOA」をあてたものです。
としまえん
東京都練馬区向山にある遊園地。今の「豊島園」の敷地は城跡で、中世は練馬城の地所在。
室町時代は豪族豊島氏の居城跡。つまり、この練馬城の城主が「豊島」という方だったので、その名前からとって「豊島園」となった。
ドール
世界最大の青果物生産販売会社。
ドールの第一歩は、キャッスル氏とクック氏の2人の紳士が1851年に設立した小さな商事会社「キャッスル&クック(社)」から始まった。
2人の紳士は、砂糖事業を手掛けるなか、1903年に生鮮パイナップル事業に着手。この年に記念すべき初めてのパイナップルを出荷した。
またその当時、はやくからパイナップル缶詰を北米に紹介していた1人の紳士がいた。パイナップル事業のパイオニアとして今も歴史にその名前を残すジム・ドール氏。
3人の紳士の交流はさらに深まり、「キャッスル&クック(社)」はやがて1961年に“ドール・ブランド”で知られる
ジム・ドール氏掛ける新しいドール・ブランドが誕生した。
−ナ−
ナスステンレス株式会社
ナスステンレス㈱は日本冶金工業㈱というステンレスの素鋼を作っている会社が発足させた会社です。このステンレスの鋼種のなかて厨房機器・鋼鈑浴槽にもっとも適したステンレスの鋼種が18-8ステンレスです。このステンレスの特徴は非磁性体で磁石が付きません。又この18-8ステンレスを金属組織学のなかでオーステナイトと呼んでいるそうです。そこで日本冶金工業㈱の:N、オーステナイトの:A、ステンレス鋼の:Sとなります。正確にはNASですが。かな文字でナスステンレスと表示しています。
ナトコ/HNさんからの情報より
昭和23年創設時の社名が名古屋塗料株式会社だったので、名古屋のNAと塗料のTO、それに会社のCOを組み合わせて、昭和43年4月に商標を「ナトコ」とした。
その後、昭和53年にナトコぺイント株式会社に社名変更し、さらに平成10年11月社名を商標と同じナトコ株式会社にした。
−ニ−
ニチバン
1918(大正7)年1月、東京南品川に歌橋製薬所として創立、絆創膏類、軟膏・硬膏類の製造を開始。
1944(昭和19)年9月、「日絆工業株式会社」に社名変更。
1961(昭和36)年1月、社名を現在の「ニチバン株式会社」と改称。
この会社名の意味は、「日本における絆創膏メーカー」の意味。
↓
「日絆工業株式会社」
↓
「ニチバン株式会社」
二見書房/HNさんからの情報より
二見書房は先考堀内文治郎により、昭和16年、千代田区に創立された。すでに企業として軌道に乗っていた堀内印刷所に出版業を併設し、印刷と出版の二つを見るという意味を込めて、「二見書房」と命名された。
−ヌ−
−ネ−
ネスレ/-OBAOBAさんからの情報-
ネスレ社は、スイスの化学者アンリ・ネスレに由来します。
スイスで乳幼児の死亡率が高い事に心を痛めたネスレ氏は、乳幼児用の粉ミルクを開発し、ネスレ社の前身をなりました。
日本では、ネッスルという名前で通っていましたが、これはネスレ氏の名前:NETHLEを英語読みしたもので、個人名を勝手に英語読みする事はおかしいんじゃないか?と云う事で現在のネスレになりました。
企業ロゴは、子供を見守る親鳥で母性愛を表しています。
因みに、大昔は、雛鳥が3匹だったのですが、1匹は巣立ったようで、現在の2匹になりました。
−ノ−
ノーリツ
家庭用風呂メーカーとして1951年(昭和26年)、神戸市元町に能率風呂工業株式会社として設立しました。当時、釜の構造から湯の上部だけ熱い、桶(浴槽)によって冷めやすいなどの欠点がありました。
ノーリツは釜の構造を工夫し、浴槽にタイルとセメントを使用した「沸きやすく、冷めない風呂」の開発に取り組み、「熱効率の良さ」、「保温性の良さ」の点で画期的な製品を完成させました。この風呂の”能率”の良さをアピールするために「能率風呂」と命名し、”能率風呂工業株式会社”として創業したそうです。「能率」をカタカナにして現社名にしたのは昭和43年のことで、1984年(昭和59年)にCIを導入し、現在の社名ロゴになりました。
−ハ−
−ヒ−
ビブレ=VIVRE/-duckさんからの情報-
倒産したマイカルの1つの業態の名前ですね。
ビブレとはフランス語で「活きる」「生きる」の意味です。
この言葉を当時の経営者小林敏峰(故人)が気に入って着けたました。
ビックカメラ/-HALKA、桐霧さんからの情報-
ビッグカメラの項目ですが、「ビッグ」ではなく「ビック」です。なおこちらの社名の由来は表立った公式のもので、実は社長のあだ名だったといううわさのほうが信憑性があります。
ビブレ/-修紅わったーさんからの情報-
マイカルのホームページに以前載っていたような気がします。
昨年の経営破たんのとき、私の居住地にある店舗が閉店するのかどうか心配で公式ページを見に行ったとき、ついでに見た記憶があります。
英語のVibrationにあたるラテン語(?)からきているとあったような・・・。「生活に<震える>ような感動を」とかいう意味じゃなかったかと思います。
確かめようと思ってもう一度見に行ったら、諸般の事情で閉鎖されたようです。今月でマイカル系列ではなくなるからだと思いますが・・・。
−フ−
フルベール/-hasimotoiさんからの情報-
・フランス語のflou 柔らかな
・英語のveil 包む
の二つを合わせた造語です。
女性の肌を「やわらかく包む」ということから作りました。
FILA(フィラ)
フィラは、1926年イタリア・ビエラの町にフィラ兄弟により創設されたことに由来。
フジパン/HNさんからの情報より
現在では確かなことは分からないが、フジパンの創業者が舟橋甚重(ふなばし じんじゅう)といってその姓名の頭文字を取り、命名したという説が有力。
また、「富士山のように日本一のパン屋になりたい」という気持ちもこめられていると説もある。
(旧社名は「富士製パン」だった)
ブルックス/HNさんからの情報より
ブルックスの創業者が小川という。小川、英語で「brook」から由来している。
−ヘ−
ベルク
会社設立時より「地域のお客様により良い生活を」を基本コンセプトとし、営業を続け英文としてBetter Life With Comunityとさせていただいており、この頭文字をとりましてBelc(ベルク)となりました。
ぺんてる
ぺんてるは、当初画材専門メーカーとして、ペインティング(絵具、くれよん、パス等で絵を描くこと)のペンとパステル(固形描画材)のテルをとり、命名されました。その後、筆記具の総称のペン(Pen)とTel(伝える、表現する)のテルをとり、筆記具分野に進出し、すぐれた品質とアイデアを持つ新製品を次々と開発し、世界の筆記具ブランドとなりました。更に、Telecommunication(テレコミュニケーション=遠距離通信の意)のテルをとり、電子機器の分野に進出しました。このように、時代の変化と会社の成長に対応したぺんてる(Pentel)の社名は、その意味を拡大発展させてきました。
−ホ−
ホクシー株式会社
ホクシーの社名は、昔”北海製紙” と言う名前だったのですが、そこからとった名前です。
−マ−
マイセット株式会社
「私のキッチンセット」という発想から「マイセット」になりました。
松菱/HNさんからの情報より
冬でも緑をたたえる常緑の松は、古くから長寿や繁栄の象徴とされてきた。松菱の名は、そんな松のように末永く商いが続くというように、との創業者の思いより、「松」の字が使われた。また、ふたつの松葉が交わってできる「菱」には、地域のお客様と松菱とが共に交わる、という意味も込められている。松菱のロゴマーク(丸の中に、ふたつの松葉でできた菱)は、地域のお客様と松菱とが和をもって、共に栄えてゆく店づくりをしていきたいという思いで作られたマーク。そしてこれは、松菱の店づくりの基本理念でもある。
丸井
丸井の「丸」は創業者の青井忠治が「丸二商会」からのれん分けを受けた事により、丸
井の「井」は青井の「井」を選んで1935年に制定した。また、当時、「丸」に自分の名や姓をつけると商売が繁盛するとのジンクスがあった。
また、新しいCI戦略のシンボルマークとして、1973年に「○I○I」を導入。
全店の電話番号も「0101」に統一した。
丸昌
昔、“丸栄”という呉服店があり、その呉服店に現丸昌蒲田店の社長が奉公にでていたとき、呉服店の斜め前の煙草屋にいた看板娘と結婚した。その娘の名前は“昌子”という名前だった。そして、暖簾分けをしてもらい、貸衣裳店をはじめた。
“丸栄”の丸、と“昌子”の昌をとって、丸昌が誕生した。
マルハン/HNさんからの情報より
定かではないが、「マル」はパチンコの玉・地球・輪などの丸。
「ハン」は、創業者の韓国人の名前「韓(ハン)」からきているそう。
このような噂がマルハンでは、とびかっているそうです。
マルサンアイ/HNさんからの情報より
当初の社名は「岡崎醸造」(創業 昭和27年)。
市内(愛知県岡崎市)を中心に味噌の製造・卸を行っていた。その後、三河の「三」(サン)をとって、丸(マル)の輪をかけて「マルサン」になったと言われている。尚、会社設立に3人が携わりこの三(サン)も関係しているらしい。
この時の社名は「岡崎マルサン」だった。
昭和50年代には豆乳工場も完成し、全国に名前を知られるようになった。
この時に、「岡崎」をとって「アイ」を付けた。(昭和58年)「マルサンアイ」となった。
「愛」・「International」・「Indusutry」の「アイ」が込められている。
マイクロソフト/hashyさんからの情報より
アメリカでパソコンが登場した時は、パソコンは非常に大型が主流で、その大型に対して非常に小型だった為、マイクロコンピュータと呼ばれるようになりました。日本語でいうマイコンです。そのマイクロコンピュータ用のソフトを開発・販売する会社なのでマイクロソフトとつけられたそうです。マイクロコンピューターは後にIBMにより個人向けコンピューターということで「パーソナルコンピューター(パソコン)」という名前をつけられます。
−ミ−
みそや(呉服屋)/-いくおくんさんからの情報-
江戸時代は味噌屋だったため。この店は和歌山県橋本市にありますが、橋本は当時、塩の専売が許され、それに関連する職種として味噌屋が成立したと考えられます。ほんと。
三越/HNさんからの情報より
三井高利(のちの「越後屋」の創業者)の父、三井高俊は松坂で妻と酒・味噌の販売を営んでいた。
高利の祖父で高俊の父、高安が越後守であったことからこの店は「越後殿の酒屋」と呼ばれていた。
延宝元年(1673年)、三井高利が江戸で呉服店「(三井)越後屋」開業。
明治37年(1904年)、「(株)三越呉服店」として誕生。
三井家の「三」、越後の「越」を取って「三越」になった。
ミツカン/hashyさんからの情報より/やまわきさんからの情報より
4代目社長中埜又左エ門が家紋の三本線「ミツ」と江戸時代に酢の代名詞だった丸勘の「カン」をあわせて命名したもの
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明治17年商標条例が出る前まで、江戸では、酢の代名詞は「丸勘」(勘を○で囲む印)でした。しかし、この条例に伴って商標を登録しなければならなくなったのです。当時の社長4代目中埜又左衛門は、家紋からミツカンを考案しました。中埜家の家紋は、三本線を○で囲んだものです。この三本の線を「ミツ」とよみ、○を「カン(環)」とよんで合わせて「ミツカン」となったそうです。
−ム−
ムーンバット/HNさんからの情報より
明治年間に京都にて創業。大正時代には洋装の一般化とともに、
ショール(肩掛け)とこうもり傘(洋傘)を取り扱い始めた。ショールを羽織った後姿が三日月をイメージさせ(=MOON)当時の雨傘は、こうもり傘と呼ばれていたため(=BAT)その際の商標として考え出されたのが「ムーンバット」という名称。大正時代?昭和初期におけるカタカナ商標は珍しく、「ハイカラ」な印象を与えることが出来たようです。その商標は昭和38年には正式社名となり現在に至っている。現在は三日月とデザインされたものになっているが、当時のマークには三日月とこうもりが使用されていたそうです。
−メ−
−モ−
モンテール
モンテール」(monteur)とは、フランス語で「宝石職人」という意味があり、商品を磨き続けるということから社名にした。
本当の意味でお客様にご満足頂ける商品を提供できるように常に商品に対する改善・改良に取り組み、商品を磨き続けている。
−ヤ−
−ユ−
UCカード
UCとは、ユニオンクレジット(Union Credit)の略。
UFJ銀行
「UFJ」という名称は「三和銀行、東海銀行、東洋信託銀行の統合により、“我が国を代表する総合金融グループ”を創造していく」という思いを込めた「United
Financial
of Japan」という言葉の頭文字に由来するものです。
−ヨ−
−ラ−
−リ−
リリカラ
リリカラの社名の由来は、リリーはゆりの花、カラーは色になりますが、ゆりの花の色は、オフホワイトで温かい白です。この色は、インテリアの基本の色です。
オフホワイトのゆりの花の色がベースで、かつインテリアはカラフルにという意味を含めてリリカラという社名にしました。
−ル−
−レ−
−ロ−
ロフテー
ロフテーはLOFTY=気高い、崇高な聳え立つ、高潔な(会社)をイメージしています。
ローリングス/HNさんからの情報より
1887年、ジョージとアルフレッド・ローリングスが、セントルイスの繁華街に小売りスポーツ用品店の開業を発表。
1920年、ローリングスは歴史的なビル・ドーク・グローブを導入する。この革命的なグローブは、人差し指と親指に編み込まれた自然な形の深いポケットのついた多重皮ひも織りを特長とした。将来の万能グローブへの原型となる。
六花亭
六花亭(ろっかてい)の六花とは、雪の結晶の別名。
雪とともに北海道を代表する菓子屋になれるようにとの願いが込められている。
−ワ−
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