「悲愁ーフェドラ」
悲愁ーフェドラ
1979・米=仏=西独
悲愁ーフェドラ マルト・ケラーとマイケル・ヨーク

製作:監督:脚本:
    ビリー・ワイルダー
原作:トマス・トライオン
脚本:I・A・L・ダイアモンド
撮影:ゲリー・フィッシャー
音楽:ミクロス・ローザ

出演:ウィリアム・ホールデン
    マルト・ケラー
    ヒルデガルド・ネフ
    ヘンリー・フォンダ
    ホセ・フェラー
    マイケル・ヨーク
    ハンス・ヤーライ
    フランセス・スターンヘイゲン


ウィリアム・ホールデンとマルト・ケラー

悲愁ーフェドラ

悲愁ーフェドラ
物語

パリ郊外でハリウッドの伝説的な女優フェドラが列車に飛び込み自殺した。
テレビのニュースが報じる。フェドラはポーランド生まれで年齢は60歳から70歳と推定される。「ボバリー夫人」「ジャンヌ・ダルク」など40年に亘ってスクリーンを沸かせた女優の突然の死だったと。
フェドラの葬儀に出た映画プロデューサーのバリー・デトワイラー(ウィリアム・ホールデン)はフェドラの若々しい死に顔を見て回想する。自分が新作映画の話を持ち込みさえしなければフェドラは死ぬことも無かったろうと・・・


デトワイラーがフェドラの住むというエーゲ海に面した孤島の別荘“ヴィラ・カリプソ”に行ったのはつい数週間前のことだ。
玄関で対応した別荘の秘書ミス・バルフォアー(フランセス・スターンヘイゲン)はフェドラの不在を冷たく告げる。だが、デトワイラーが双眼鏡で別荘を観察したときに庭にいるフェドラをはっきり見ている。このとき庭にいたのはフェドラの他ソブリアンスキー伯爵夫人(ヒルデガルド・ネフ)、秘書ミス・バルフォアー、それにバンドー医師(ホセ・フェラー)だった。

デトワイラーは後日、街で買い物をするフェドラ(マルト・ケラー)を見かけ後を追う。フェドラは昔と変わらない若さでデトワイラーは驚愕する。とても60歳を過ぎたとは思えない。
「私を覚えているだろね」 「・・・」 「ロバート・テイラーと共演しただろ?」 「・・・彼、死んだんでしょ」 「・・・クラーク・ゲーブル、スペンサー・トレーシー、ジョン・クロフォードも死んだ」 「誰も時間には勝てないわ」 「君は違う、30年前と全く変わらない」 「サンキュー」 「サンタモニカの海岸で・・・車の中でのこと覚えてるか?」
デトワイラーがまだ新人の撮影所の助手だった頃、売れっ子女優のフェドラとデートしたことがある。
「昔のことだから・・・」 フェドラは言葉を濁す。
「今度の作品で君にぴったりの役があるんだ」 その時、フェドラの別荘の秘書と運転手が現れフェドラを連れ去った。

デトワイラーは街のバーへ飲みに来たバンドー医師に会う。
「昨日、フェドラを見た。とても62歳には見えない」 「67歳だ」 「どんな魔法を使ったのですか?」 バンドー医師はフェドラに若さを保つ療法を施した筈だ。
「1ヶ月冷凍庫に入れて血液を入れ替え、ホルモンを大量に打つ。羊の胎児とヒヒの精液を使い・・・レーザー手術と細胞移植、指圧を少々、皮膚移植を少々・・・もちろん強い精神力と食生活の体制も必要だがね」 バンドー医師はスコッチをあおりながら自慢げに話した。
デトワイラーは新作映画『去年の雪』の台本を見せる。トルストイの『アンナ・カレーニナ』の改作なのだが、バンドー医師はフェドラは体調不良でとても出演などできる状態ではないと突っぱねた。
デトワイラーは隙を見てバンドー医師のコートのポケットに台本をしのばせる。

後日、デトワイラーに別荘からの迎えが来た。バンドー医師に渡した台本が功を奏したに違いない。
別荘でデトワイラーを応対したソブリアンスキー伯爵夫人はしわがれ声で冷たく言った。「フェドラは引退したのよ」 「一度は引退したが見事に復活したではありませんか」 デトワイラーは食い下がる。「アンナ・カレーニナのサルボ役なら3回目よ。しかもあの結末は駄目。女は自殺するとき列車に飛び込んだりしない」 

その時、階段をフェドラが降りてきた。手に白い手袋をはめている。
「バンドー先生は奇跡を生むけど老いた女の手だけは隠せなかったわ」 フェドラは浮かれている。「ブロンスキー大尉とトロイカで雪原を走る!・・・ブロンスキー大尉の役は誰?」 「ジャック・ニコルソン、ウォーレン・ビーティ、マックウィーン・・・色々と候補が」 デトワイラーが答えると、「マイケル・ヨーク知ってる?」 とフェドラが言う。「映画でしか見てないが・・・」 「彼がいいわ、以前一緒に仕事したのよ」
ソブリアンスキー伯爵夫人とバンドー医師は「仕事のできる状態じゃない!」 と話を遮った。フェドラは叫びだし、「ここに閉じこもってるのはもう嫌!この島とあんたたちから離れてしまいたいのよ!」 半狂乱になり2階に駆け上がった。
「他の女優を探してちょうだい」 ソブリアンスキー伯爵夫人はデトワイラーに言う。
「2年間、この企画の為に苦労した。何とか資金を出してくれる奴を探し出したが、フェドラが出演することを条件に付けてきたのだ」 「それはそっちの話でしょ」 ソブリアンスキー伯爵夫人は請合わなかった。

デトワイラーがバーで一杯やってホテルの部屋に戻るとそこにフェドラが待っていた。「私宛のラブレターよ」 小箱の中にジョン・バリモア、ヘミングウエイ、ピカソらの手紙が入っている。「買ってくれない?お金に換えたいの」 フェドラが言う。「金なら山ほどあるはずじゃないか」 だがフェドラはソブリアンスキー伯爵夫人やバンドー医師からがんじがらめに縛り付けられており自由がきかないのだと言う。腕には麻酔注射の跡がある。
「何故黙ってここへ来た!」 突然、バンドー医師が運転手クリトスを伴って現れフェドラを連れ去っていく。

デトワイラーが再び島の別荘へ行くと誰もいない。フェドラの部屋の箪笥の引き出しに夥しい白手袋が収まっている。その時電話が鳴った。デトワイラーが出てみると相手はソブリアンスキー伯爵と名乗った。だが話の途中で戻ってきた運転手クリトスに殴られデトワイラーは失神する。
ホテルの部屋で気がついた時は一週間も眠っていた後だった。慌ててフェドラに会いに島へ行こうとするとホテルの支配人が言った。「知らなかった筈ですよね、フェドラは死にました」 「何!」 支配人が朝刊を見せる。『昨夜、女優のフェドラがモルセルフ駅で走る列車に飛び込み・・・』

フェドラの葬儀。会葬の合い間にデトワイラーはソブリアンスキー伯爵夫人と向き合う。
「貴方のせいで彼女は列車に飛び込んだのよ」 夫人が言った。「彼女を自殺に追い込んだのは貴方たちだ!」 デトワイラーは反撃した。「フェドラは人に影響される人間じゃない。強い人間よ」 「でも死んだ」 「貴方は目も見えない馬鹿者よ!棺の女はフェドラじゃないわ」 デトワイラーは耳を疑う。この女は何を言っているのか。「何を言う、あの顔は誰でも知っている」
「手を見てみなさい」 手袋が外されたその手は若い女のものだ。「67歳の女の手に見える?」 「・・・」 「手袋をはめた理由は老女だという事実を隠すためでなく、若さを隠すためだったのよ」 「・・・?本物のフェドラはどうなったのだ」 ソブリアンスキー伯爵夫人が顔のベールを剥がして言う。「こうなったのよ」 年老いた女の顔が現れる。「あなたがフェドラ?」 デトワイラーは夫人を見つめた。

フェドラは女優の絶頂期の頃からかかり付けのバンドー医師から処方を受けていた。20年もたった1962年ことだ。バンドー医師が新しい成分をフェドラの皮膚に注射した。「老化を防ぎたいだけでなく、若返りを望んだのだ」 バンドー医師が言う。施した療法は失敗し、フェドラの顔が崩れ、炎症は脳卒中を引き起こした。以来、15年の車椅子生活を強いられたのだった。
「・・・15年。ではそれ以後の映画には彼女が出ていたんだ」 デトワイラーは棺のフェドラを見た。「良く似ていると思ってるのね。・・・私の娘なの・・・」 夫人が言った。

別荘で娘のアントニア(マルト・ケラー)は成長し、フェドラの若い頃とそっくりになっていく。
その頃、アカデミー特別賞が往年の映画貢献でフェドラに与えられるとが決まったのだ。フェドラは既に引退しており、車椅子生活のことも世間は知らない。
受賞はお受けするが式に出席はしないと連絡すると、たまたまカンヌ映画祭に来ているアカデミー委員長のヘンリー・フォンダが直接手渡したいと電話が入る。
「喜んでお受けします」 車椅子の夫人は言う。秘書のバルフォアやバンドー医師は驚く。

やがてアカデミー委員長のヘンリー・フォンダ(ヘンリー・フォンダ)が島の別荘にやって来た。夕暮れ時の別荘のテラスで待ち受けているのは娘のアントニアだ。
「共演できずに残念です」 ヘンリー・フォンダがオスカー像を手渡す。「『怒りの葡萄』は3回見たわ、『ミスター・ロバーツ』も」 アントニアが答える。カメラマンが写真を撮る。
『フェドラは変わりなく美しい』 それが世界中の雑誌に掲載されるとフェドラに出演依頼が殺到した。

娘アントニアがフェドラとして何本も映画に出演した。秘書のバルフォアーが常時付き添い旧知の仲間との間も取り持った。問題が無かったのはマイケル・ヨークが現れるまでだった。アントニアはマイケル・ヨークに恋をしてしまったのだ。
自分はフェドラではなく娘のアントニアなのだと打ち明けたいがそれも叶わず、睡眠薬を大量に飲み自殺を図る。仕事はキャンセルし、覚せい剤を打ち始めた。
強制入院させられたアントニアはマイケル・ヨークに手紙を書いた。真相を書いた。マイケル・ヨークからという電話が入る。アントニアが出ると撮影が終了したら会いに行くと言う。だが、それは仕組まれたことで、手紙も送ってなく、電話もマイケル・ヨークではなくバンドー医師だったのだ。

モルセルフ駅で深夜の列車を待つアントニア。そこへ秘書のバルフォアが駆けつけた。「もうマイケル・ヨークは来ないわ」 「でも電話では来ると・・・」 アントニアはバルフォアを見て電話も手紙もでっち上げだと悟る。
「私はアントニアよ!フェドラの替わりはもう嫌!」 「アントニアなんていない!貴方は一生フェドラなのよ!」 叫びを上げアントニアが泣きじゃくる。その時、駅に向かってくる列車が・・・。アントニアが列車に向かって駆け出した。バルフォアが声を上げた。「フェドラ!」 だが次の瞬間アントニアは列車に身を投げた。

「あの子が列車に飛び込んだのは私の顔を破壊したかったのだわ・・・」 フェドラであるソブリアンスキー伯爵夫人が述懐する。フェドラの死に多くの弔電が届く。「フェデリコ・フェリーニ、ジャン・ポール・サルトル、マレーネ・デートリッヒ・・・彼女は強いわ・・・ダッチ」と夫人はデトワイラーを若い頃の愛称で呼ぶ。彼は昔、ダッチと呼ばれていたのだ。
「覚えていてくれたんですか」 「覚えているわ、貴方を呼んだのもどんな人になったのか見たかったからよ・・・ダッチ、このことは誰にも言わないでね」 「残念だ。あの脚本より面白い映画になったのに・・・」 
「でも誰が演じるの?」 夫人が答える。

2時から会葬が始まる。外には2000人の行列が並んでいた。その中にマイケル・ヨーク(マイケル・ヨーク)の姿もあった。
その6週間後、フェドラ、ソブリアンスキー伯爵夫人は静かに息を引き取った。
映画館主から

名匠ビリー・ワイルダー監督のロマンティック・ミステリーの晩年の傑作です。
優れたストーリーテラーとしての彼は映画の冒頭から観客の心を掴んで釘付けにします。
フェドラの魅力的でありながら一種不気味な若さはいったいなんだろうと。

往年の映画女優の末路を描いた「サンセット大通り」(’50年)とも又違うミステリアスな空気が全編に漂います。「サンセット大通り」でもウィリアム・ホールデンが主役でした。ワイルダーの次作「第十七捕虜収容所」(’53年)で彼は見事アカデミー主演男優賞に輝きます。他にもワイルダー作品、「麗しのサブリナ」(’54年、主演:オードリー・ヘップバーン)に起用されるなど、ビリー・ワイルダー監督に愛された俳優だったといえます。

本作のウィリアム・ホールデンは61歳。彼には呼吸器疾患の持病があり、アルコール中毒との説もあり、本作の2年後、泥酔して転倒したときに負った怪我が原因で死亡しました。死後数日たってから発見されるというまさにミステリアスな死でした。享年63歳。

フェドラを演ずるマルト・ケラーは「マラソンマン」(’76年、監督:ジョン・シュレシンジャー、主演:ダスティン・ホフマン、ローレンス・オリビエ)や「ブラック・サンデー」(’77年、監督:ジョン・フランケンハイマー、主演:ロバート・ショウ)などでも印象に残る個性派女優です。

バンドー医師を演ずるホセ・フェラーは「赤い風車」(’52年、監督:ジョン・ヒューストン)、「アラビアのロレンス」(’62年、監督:デビッド・リーン、主演:ピーター・オトゥール)、「砂の惑星」(’84年、監督:デビッド・リンチ、主演:カイル・マクラクラン)などのあくの強い名優です。

その他、名優ヘンリー・フォンダや若手俳優のマイケル・ヨークを実名で登場させるなどの意表をついた演出はビリー・ワイルダーのいたずら心の表れといえるでしょう。

サイレント時代から活躍し、36歳の若さで引退した伝説的女優グレタ・ガルボをモデルにしたとされています。

参考文献:「週刊20世紀シネマ館 NO.37」 講談社

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