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タイ国王と国民 |
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![]() ■タイ観光旅行案内所
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![]() ■タイ国王と国民の関係について
タイの家を訪れると、おおよその場所でタイのプーミポン国王(ラーマ9世)の写真が飾られているのを見かけます。日本ではごく一部のご高齢の方の家で天皇の写真を飾っているところがありますが、ほとんどの家ではそのような習慣はありません。(第2次大戦前まではそのような習慣を義務付けられていたと聞きますが・・・。) タイでは古代から様々な王朝が国民の上に君臨し支配してきました。現在の王朝は1782年にラーマ一世(チャオプラヤー・チャックリー)がラッタナコーシン朝を設立した時代より現在まで続いています。もともと王室が古来より人気があったわけではありません。逆に圧政などの原因で不人気の時代もありました。 タイの王室が変化したのは1932年の立憲革命によって、それまで持っていた国王の権威が大きく失われたあとからです。立憲君主制となった国王は、君臨すれども統治せずで、日本やイギリスの王室のように国民の象徴のような地位に変化しました。 その後冷戦時代になるとインドシナ半島に忍び寄ってきた共産革命の嵐に対抗するために、タイ王室を使ってナショナリズムの高揚をおこなうようになりました。地方に広がる共産主義の思想に対抗するため、国王自らしばしば地方へ行幸を行なったのです。 プーミポン国王は対共産というばかりではなく、自ら目にした地方の貧困を解消するために、様々な提案を王室として積極的に行なってゆきました。国民はそのような国王の姿を、実際に目の当たりにしたり、毎日TVで見るたびに国王の人徳に魅かれるようになってきたのでした。 また、国内の政治的な対立が起こったときには、国王がその調停役になることもたびたび行なわれてきました。1973年の10・14事件の際には、タノーム首相は国王の助言により退陣をしています。また国内がタクシン首相派と反タクシンで大きく揺れていた2006年の9月に起こったクーデターの際も、国王がクーデターに承認を出したことで、闘争が終結しています。 現在では、プーミポン国王は国民にとって尊敬する大切な国王として親しまれています。くれぐれも、タイ旅行中に国王および王室に失礼な振る舞いをしてしまわないように、私たち旅人は気をつけるようにいたしましょう。
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